随伴
その年の狩りは、いつもと様子が違っていた。
ガタウの指示の下、イサテの戦士たちと共に狩りを行ったのだ。
持ちかけたのはパデス。
「迷惑でなければ、しばらく狩りを共にしたい。われらはまだ、戦士ガタウから学ぶべき事が数多ある」
反対を唱える者はいなかった。
それを以ってガタウも承諾した。
「良いだろう」
かくて二つの邑の戦士が合同で狩りを行うという、異例の出来事と相成った。
戦士同士の摩擦もあった。
少しの風習のちがいが、全体の妨げになる事もあった。
ベネスの生活では、食休みは太陽が頂上に昇ってから一刻(一時間)のみであったが、イサテでは、午睡も含めて二刻の休みを取る。
そのどちらを取るかで揉めた。
最終的には、皆がベネスの方法に従う事で一応の決着を見たが、イサテの者の疲労が濃い時など、ガタウの裁量で二刻の休みを取る事もあった。
短い期間であったものの、得がたい交流もあった。
特に見ごたえがあったのは、ソワクとパデスの槍比べである。
お互いが一の槍と終の槍を交代しながら行い、後は見るものに評価は任せるという具合だったが、ソワクの槍の重さは凄いだのいやパデスの呼吸の取り方は誰にも真似できぬといった意見が喧々諤々と交わされ、双方の戦士たちにとって大いに刺激になった。
カサの心に残ったのは、ある夜火を囲んでいる時に、パデスと交わした会話である。
「少し話をしたい。良いか?」
傍らで這う、毒を持った虫をつま先で踏み殺しながら、パデスがカサの隣に腰をおろす。
「ハ、ハイ」
カサがあわてて居住まいを正す。
「素晴らしい槍だな、戦士カサ。やはり戦士ガタウに槍の教えをこうているのか?」
「はい」
「うむ。戦士カサの槍は、戦士ガタウの槍と、並んで立つ二本の木のようだ」
砂漠に並んで立つ二本の木は、種子の時期を同じくしている事が多い。
つまりよく似ているという意味である。
パデスはカサから火に目を移し、
「その槍は、誰にでも放てる槍ではない」
つむぐ言葉は独り言のようだ。答えを求めていないのであろう。
「僕はずっと大戦士長に槍を教えてもらっています。それが誰であれ、僕のようにつきっきりで教われば、僕ぐらいにはなれると思います」
「なれない」
パデスは苦い顔で即答した。
「俺の息子は、戦士カサとちょうど同じ歳だが、幾ら教えても力の入れ方の骨子を掴めない。多分、これからも掴む事はないだろう。そういう戦士を、俺はたくさん見てきているのだよ、優れた戦士カサ」
カサは答えない。
無言でパデスの言わんとする中枢を模索している。
「槍の事はよく解かりませんが、僕は大戦士長が長年掛けて手に入れた槍の使い方の、その骨子を、丁寧に教わっているだけだと思います」
慎重な返事である。
その謙虚さが、この戦士の飲み込みの良さに繋がるのだろうとパデスは思う。
それこそ息子に足りない部分である。
パデスの息子を、もちろんカサは知っている。
口のまわりに薄い髭をたくわえた、パデス率いる若い戦士の一人。
名を、ノキといった。
明るく、誰にでも物怖じせず、皆から好かれる男で、傍にいると楽しくなるような所が、ソワクに似ていると思った。
「戦士ソワクは、息子とは器が違う」
カサが言うと、苦そうに答える。
「戦士カサや戦士ソワクには、素晴らしい力が生まれつき備わっている。持つ者には当たり前すぎて判らず、持たざる者には理解出来ぬがゆえに解らない」
パデスは多くの戦士長と同じように、自らに厳しい男である。
邑の全ての戦士を率いる大戦士長の立場で見ると、息子ノキには至らない部分も多く目につくのであろう。
カサと同じ歳という事は、まだ狩りに出て二年目の若輩である。
失望するには早すぎるとカサは思う。
「戦士カサ。両親は?」
「父はもう死にました。母は、長いこと話していません」
この民族では一般的に、子が三歳になるとソワニ(子育て階級)に預けられるが、別段に親との面談を禁じている訳ではない。
子を可愛がる親の中には、夜、寝る時には自分の天幕にわが子を呼ぶ者も少なくはない。
ただそういう子は自立が遅いとされ、大人になっても地位の高い職種には振り分けられない傾向がある。
カサの親は、そうではなかった。
三歳になるやさっさととカサを放り出し、一度たりともカサに会いに来る事はなかった。
五歳で父は死に、母が誰かは知っていたが、カサにとっては誰よりも遠い存在であった。
「そうか」
そうパデス頷くのみ。
珍しい話ではない。
「大戦士パデス、尋ねたいことが」
「何だ? 戦士カサ」
「そちらの戦士は、数が少ないですね。そんなに戦士のなり手が少ないのですか?」
パデスがなんともいえない顔をする。
「戦士カサ。君の邑、ベネスでは、男たちのうち何人が戦士になる?」
質問を質問で返され、とっさに応えられない。
「僕たちの邑が千人ともう少しですから、五人に一人ぐらいだと思います」
「わがイサテでは、生まれた男の三人に一人が戦士になる」
カサは驚いた。
イサテの戦士は総勢五十人程度。これはカサたちベネスの半分である。単純に男女同数と計算してなおかつ子供の数を割り引くと、イサテの邑には三~四百人の人間しかいない事になる。
ただでさえ少ない戦士たちは、もとから少ない男たちから、何とか頭数を揃えているというのだ。
カサは気になった事を訊く。
「今年、僕の邑、ベネスでは大変な不作でしたが、そちらも……」
「うむ。多くの者が死んだ」
——ああ。
その痛ましさにカサは嘆息する。
この少年は、戦士としては優しすぎると、パデスは感じた。
「サルコリの者も、たくさん死んだのですか?」
「サルコリ? いや……」
パデスはしばし黙考し、
「わがイサテに、サルコリと呼ばれる者たちに当たる人間は、いない」
カサは驚いた。
「いない?」
「いない。わがイサテは、小さな邑だ。サルコリというのは確か、穢れた者たちが邑から放逐されて、小さな集落を作ったものだと聞いたが、イサテのような小さな邑では、穢れた行いをした者がサルコリと呼ばれる集落を作る事はありえないのだ」
ここで言う穢れた行いとは掟破り、つまり犯罪である。
カサは衝撃を受けていた。
サルコリがいない。
もしそのような邑に生まれていたらと、考えずにはおれない。
「ベネスのような大きな邑にいると判らないが、サルコリのない邑は珍しくない。大きい邑だけが、サルコリを保ちえるからだ」
「僕らの邑は、大きいのですか?」
カサは思う。自分は何も知らないと。
「うむ。われら砂の民は、百ほどの邑からなる。大半の邑は、イサテよりさらに小さい。詳しくは知らないが、毎年のように新しい邑が死に、かつ生まれるという。千人に達するという君たちベネスは、数えれば上から十指には入ろうな」
新たな知識の奔流にもまれ、カサは混乱する。
自分たち、ベネス以外の邑の話を聞いた事はあるが、その存在を今カサは初めて身近に感じている。
今までおとぎ話のように考えていた、自分たちとは違う邑の形。
その邑の成り立ちの、細かな部分に、想像が及ばないのだ。
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