イサテの戦士
ノエズィップナヒングルィ、死の匂いが漂う地。
いわゆる狩り場と呼ばれるその土地では、カサたちの集落だけが狩りをする訳ではない。
彼らを含む、砂漠の部族を構成するいくつもの邑、その各々が戦士たちをこの狩り場へと送り込み、獣を狩る。
カサたちの邑もその一つで、数ある集落の中でも有数の大きさを誇っている。
そしてそのカサの邑の戦士たちは、大戦士長ガタウを筆頭とした、部族でも最も精強で知られる集団なのだと、カサはこの夏初めて知る事となった。
狩り場で、他の邑に属する戦士たちと鉢合わせたのだ。
それはカサにとって、初めての経験であった。
「大戦士ガタウ。またこうして見えた事、この上なき喜びだ」
パデスと名乗る、カサたちとは別の集落に属するという大戦士長が、ガタウに敬意を表す。
パデス率いる男たちもそれにならい、うやうやしく頭を垂れる。
彼らの邑の風習なのだろう、みな豊かな口髭をたくわえている。
槍をかかげ持ち、居並ぶ彼らはいずれ劣らぬ屈強な男ばかり。
――これが、他の邑の戦士たちなのか……。
カサは気圧される。
そしてカサを仰け反らせんとするその存在感こそ、戦士たちがまとう雰囲気だと、カサは初めて気づく。
――僕たちも、こんな風に見えているんだろうか。
砂漠とその周辺に勇猛さを鳴り響かせる部族の戦士。
命を賭して、人よりも強き存在を打ち倒す彼らこそ、真の勇者だと称える声は少なくない。
「頭を上げられよ、イサテのパデス」
ガタウが手でそれを制す。
持ち上げられて舞いあがる男ではない。
「イサテのパデス。良き戦士になられた」
「何の、ベネスのガタウには遠く及びませぬ」
ラシェがよく使うベネス、という言葉は、邑を示す代名詞ではない。彼らの邑の固有名詞なのである。
そしてベネスのガタウといえば、部族どころか砂漠では知らぬ者のいないほどの、まさに部族を代表する英雄であった。
「名高い我らが戦士、ガタウよ。三度見える事が出来、何と言葉にすればよいのか……」
パデスは感動のあまり言葉が出てこないようだった。
パデスだけではない、彼が引き連れる五十人を越える戦士たちも、そしてカサを含むベネスの戦士たちも、みな一様に輝く瞳で誇らしげにガタウを見つめている。
屈強の男たちから畏敬の念を送られるガタウを、カサは新鮮な気持ちで見直す。
――本当に、凄い人なんだ……。
眉ひとつ動かさず彼らの視線を受け止めるガタウ。
近くにいすぎてその感覚が麻痺しているカサにとって、それは改めてこのガタウという傑出した人物を、考えさせる材料になった。
「我らは十と一日前からここにいる。食料は充分にある。もし受けとって貰えるのなら、これをあなたたちに分けてもいい」
パデスが遠まわしに提案する。
「もしよければ、だが、戦士ガタウ。あなたの狩りを、我々に見せてはくれないだろうか」
オウ……、どよめきが漏れる。
ガタウの槍。
それは、カサが槍を持つようになってからはめっきり減り、最近では全くなくなってしまったものでも有る。
だからガタウが、
「今はもう、槍を突いていない。若い者たちに、全てを任せている」
そう辞退するのを、
「いいじゃないか大戦士ガタウ」
「槍を見せてください、大戦士長」
大戦士長どうか、と仲間たちが口々にガタウに請う。
こちらからは見えない肩越しの表情。
その頑なさが見ずとも判る。
――断るつもりだろうか。
カサは思う。
ガタウがそのつもりならば、何人の男が取り囲もうが、首を縦には振らないだろう。
その岩山のような意志の固さ重さを、ベネスで知らぬものはいない。
――大戦士長の槍を、僕もまた見てみたい。
皆が抱いているその思いは、カサとて同じである。
長きにわたり狩りから遠ざかっていたガタウの腕前が、風砂に朽ちていないとも限らない、そんな声はベネスの戦士たちにも根強い。
だがカサはそう思わない。
ガタウの槍は、いまだ研ぎ澄まされたままであると信じている。
――大戦士長ガタウも、老いた。
そう公言する者までいる。
だからカサは、耳を惑わせる周囲の風を、衰えを知らぬ一撃で静めて欲しいと思っているのだ。
ガタウが、周りから強く請われている。
だが周りの声に耳を貸すガタウではない。
カサは半ばあきらめ気味に、真っ赤なトジュの余り布を垂らしたその背中を見る。
一瞬その背が膨らんだように見えた。
「――いいだろう」
ウオオォッ!!
歓声が上がる。
生ける伝説と謳われ、砂漠の隅々にまでその名を轟かせるガタウの槍を見られるのだ。
老いた大戦士長の腕前を疑問視する者たちも、これには興奮する。
上気した顔でお互いを見る屈強な男たち。
だがカサはその中で、ともすれば周囲に埋もれそうな短躯のガタウが、一瞬誰よりも大きく見えた事に驚いている。
――いいだろう。
答えた瞬間、ガタウの背にみなぎった生命力。
目の錯覚だろうかと辺りを見回すが、様子に気づいた者はいない。
いや、ソワクが気づいている。
顎を引き、ガタウを見つめながら凄絶な笑いを浮かべている。
自分よりも強い存在を前にした時、この男はとてつもない悦びをおぼえてこんな表情をする。
そしてもう一人、ガタウの底知れぬ力を感じ取った者がいる。
イサテの邑から戦士を率いてきたという、大戦士長パデス。
髭を伸ばす風習のイサテの者たちの中でも、ひときわ濃く硬い髭をたくわえている、体の大きな男である。
眉が濃く眼光鋭い、豪胆の気質が顔に表れている。
ソワクを荒々しくしたら、こんな男ができるのではないだろうか。
五十人からの戦士を統べるだけあって、力感が全身より沸き立つようだ。
――前にも一度顔を合わせたが……。
そのパデスが、ガタウに慄いている。
――これ程の男とは……!
目が肥えた今なおその印象は、強まれど薄れはしない。
小柄な老戦士の外見を裏切る、この力のほとばしりはどうだ。
内心に慄きをおぼえ、パデスの喉がごくりと鳴る。
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