夢想

 父親が寝静まった頃を見計らって、コールアが音もなく天幕にすべり込む。

 名前もすぐに思い出せないような冴えない独身男との情事を終え、戻ってきた所である。

 額にへばりついて物思いの邪魔をする、欲を拡散させるためだけの淡白な交わりは、大した昂ぶりもなく特有の下腹部の重みだけを残して終わった。

 彼女にとってはただ眠るための、父親の晩酌と変わらぬ行為である。

 下等な獣の唸りのように、酒臭くだらしない鼾をかく父親を蔑むように見下ろし、そこから一番離れた所に、一人で寝るには大きすぎるマレ(寝具)にくるまり、情事におもむく前に立ち聞きした、父親とウハサンの腐臭漂う会話を思い出す。

――くだらない。

 戦士も邑長も、あらゆる地位は彼女にとって何の価値もない代物である。

 苦労を知らないがゆえに、刹那的な性向のコールアにとって、快楽に直接結びつかない物事全てに価値がない。

 地面に敷いた寝具に顔をうずめる。

 貴重な生地をふんだんに使う贅沢は、邑長の血筋に生まれねば得られないものだ。

 寝入りばなに、生まれて始めて契りを結ぶ喜びを与えてくれた、昔の恋人を思い出す。

 今では顔すらあやふやになってしまったが、あの頃は何をするのも新鮮だった。

――それを壊したのが、あいつなのよ……。

 戦士の格好をおし着せられた、気弱な少年の面影を思い出す。

 嗜虐心をかきたてるその横顔。

 その所為で、今晩は性交に集中できなかった。

 気がそぞろになり、上に乗る男が鬱陶しくて仕方がなかった。

――あいつの破滅するところを見たい。

 さしものコールアも、当時の憤怒を維持していなかったが、カサの破滅がこの退屈が少しでも紛らわせるものならば、コールアにとってカサは必ず破滅するべき対象なのである。

 わがままに育ったコールアにとって、人を傷つける理由は重要ではない。

 苛立ちを感じた時に、傷つけられるべき対象が手元に在る事が重要なのである。

 やがてコールアは眠りに落ちてゆく。

 夜具に包まれ夢の奥底から浮かんでくるのは、魅力あふれる昔の恋人の姿ではなく、悲しい眼をした少年であった。

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