臓腑の蠕動

 カサが見事なる一の槍を披露したその狩りのすぐ後に、戦士たちの約半数が、それまでに狩った獲物を一足先に邑へと持ち帰った。

 狩り場に残った戦士は、ガタウを始めとする戦士長と歴戦の強者たちばかり。

 彼らは暫くこの地にて狩りを行い、飢えた邑に食料を供給するために、槍先を血に濡らしつづけ、死に命を曝す。

 残った彼らは二十日にわたり狩りをつづけ、さらに十八頭のコブイェックを狩った。

 そのうち十頭の一の槍をソワクが取り、二頭をバーツィ、一頭をラハム、そして残り五頭をカサが取った。

 通常、一月(29日)しかこの狩り場には居られないとする戦士たち。

 さしもの屈強なる男たちも、終盤は疲れが顕になり、後半の狩りだけで三人の死者が出た。

 うち二人が戦士長、残る一人も得がたき戦士であった。

 彼らの骸を彼の地にに葬り、戦士たちは長い遠征を終え、ようやく帰路に着く。

 どの顔も疲労の色が濃く、この度の狩りの厳しさを、無言のうちに物語っていた。

 死者が出たのは、ラハムが一番槍を取った狩りであった。

 前回の遠征につづいての失態。

 邑に着けば、戦士階級の中でラハムの引責が議題となるであろう。

 衰えた戦士に一の槍を任せれば、また若く優れた戦士が死ぬ、と。

 長い狩りをつつがなく終えたソワクはまた名声を上げ、バーツィもその影ながら良い狩りをした。

 そしてカサも、その後の一の槍を完璧にこなした。

 今やガタウをしのぐ牽引力を発揮すると言われるソワク。

 カサがそのソワクにつづく戦士だと言う声が確固としつつある。

 いや、いずれソワクをもしのぐのではないか、カサこそ次の戦士長に相応しいのではないか、という声まである。

 名声が高まるのと比して、カサの表情は沈んで冴えない。

 狩りの始まりから虚無的であった人当たりは、時をおうごとに深まっている。


 戦士たちが砂漠をゆく。

 命をかけて手に入れた獲物を肩に担ぎ、一歩ごとに深い足跡を残しながら。

 長い長い列をつくり、砂を踏みしめ、確かな足取りで歩いてゆく。



 狩場に残った戦士たちが全て邑に戻ったという報告をカバリが受けたのは、日暮れ時である。

 何人かが犠牲になったようだが、大過なく狩りを終えたと聞いて、複雑な顔をする。

 大過ない、つまりガタウは無事という意味だ。

 何人もの犠牲を出したが、苦しい今年の邑の食糧事情によって、戦士階級の存在感はいや増すだろう。

――まだ生きるか。忌々しい年寄りだ。

 そう吐き捨てたくとも、邑長として邑人の飢えへの対策は喫緊の課題である。

「戦士たち、いかにしましょう」

 くだらない事を訊いてくるのは、エスガという男だ。

 グラガウノ、機織り階級の職長の一人で、常に機嫌をうかがうよう卑屈な男だが、目端が利くので傍においている。

「どうもせん」

 声に険があるのは、戦士たちの所為だけではあるまい。

「戦士たちに、何も言わないんで?」

「戦士階級は身をていして邑に貢献している。顔を合わせれば狩りへの感謝を伝えるのみだ」

 取り繕う内容とは裏腹に、声音は苛立たしげだ。

 エスガは辺りをはばかるように顔を寄せる。

「実は、把握できそうな戦士がいるんですが」

 沈みがちなカバリの気分が、吹き飛ぶ。

「本当か? 誰だ? 戦士長か!」

 身を乗り出すと、エスガがにたっと口元をゆがめる。

「ウハサンと言う男です」

「聞いた事がないぞ。戦士長か?」

「いいえ」

 落胆を隠せないカバリに、エスガはあたふたとつけ加える。

「例の、若い戦士と同じ年に戦士になったようですよ」

 それがどうしたと言うのか、その年でいまだ職長になっていないというのは、出世する見込みがないだけではないか。

 その程度の人材では、大した力にもなるまい。

 そこまで考えて、閃くものがあった。

「なんと言ったかな、そいつは」

「へえ、ウハサンです」

「そうじゃない! ガタウが可愛がっているとかいう子供だ!」

 ガタウを呼び捨てにする邑長の冒涜ぶりに、エスガが慄く。

「確か、カサ、とかいったはずです」

 腰が引けつつも、エスガが答える。

「カサ……」

 こちらも馴染みのない名前である。

「確か、戦士になった当時、あの小僧は疎まれていたな」

「今は子供たちには人気がありますが」

「知っておる!」

 剣幕にエスガが首をすくめる。

 ひと言多いところが、この男が嫌われる理由の一つだ。

――あの小僧を、そいつがどう思っているかが問題なのだが……。

 そのウハサンとかいう輩、ガタウたちにいい感情を抱いておらぬほうが好ましい。

――その方が裏切らせやすい。

 あまり憎みすぎていない方がいい。

 あからさまに敵対すると、こちらの手の者と勘づかれてしまう。

――一度、会ってみるか。

 そうと決まれば早いほうがいい。

「そのウハサンという戦士、今晩呼べ」

「今晩、ですか?」

「今晩だ」

 急な要求にうろたえるが、

「判りました。向こうの都合も訊いてみます」

 カバリは苦い顔をする。

――都合だと? そんなものを訊けば、向こうがこちらと対等と勘違いするではないか!

 カバリは支配的な男だ。他者との関係において妥協をしない。

「都合なぞ訊かずともいい。今晩、必ず呼べ。誰にも見つかるなと言い含めてな」

「わ、判りました」

 フンと鼻を鳴らし、広い天幕からエスガを追い出す。

――その男、少しは頭のまわる人間だといいが……。

 戦士階級の人間は、頭の中身まで筋肉で出来ているような奴ばかりだとカバリは思っている。

 以前有望な若い戦士長を、娘の婿に取ろうとした。

 そいつはコールアとの結婚を、腐った食事のように蹴り飛ばした。

――戦士どもめ、今に見ていろ。わが膝の前に這い蹲らせてやる。

 仙人掌の根のように深く静かに、カバリは野望と影響力を邑全体に広げている。

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