適所

 危ぶむ周囲をよそに、カサは淡々と狩りをこなした。

 二の槍、三の槍、終の槍。その全てで、カサは充分な仕事をした。

 心身ともに万全と言えないながらの完璧と言っていい狩り。

 いまやカサの腕に疑問を持つものはいない。

 ガタウがそのカサに一番槍をさせると言い出したのは、その遠征で獣を二十も狩った頃である。

「次の狩りには、お前に一番槍を任せる」

 戦士長たちが集まる中で、そうカサに命じて見せたのである。

「無理だ!」

 ソワクの発言は、ほとんど絶叫である。

 カサの顔はいまだに晴れがひいておらず、左目は半分閉じたような状態である。

「一の槍は、その他の槍とは違う!」

 ソワクの言葉は、他三人の二十五人長の心の内と同じであっただろう。

 一の槍の困難は、ガタウとて知っている。

 ガタウこそこの砂漠で狩りに最も精通した者なのだ。

「俺も、カサに一の槍は尚早に思う」

 ソワクにつづいたのは第四の二十五人長、リドーである。バーツィやソワクに比べて影は薄いが、堅実な性格とその腕は一目置かれている。

「大戦士長。考え直してくれ」

 二十五人長ラハム。ガタウの次に高齢の戦士である。

「カサの腕は皆が認めているが、今は頃合が良くない」

 少年の腕を認めさせようとして、ガタウが無理を通そうとしているのではないか、というのだ。

 だがガタウは、

「問題ない」

 と、返すのみ。

 言い出したら聞かないガタウである。皆が徒労を感じ始めた中、最後まで抵抗したのはソワクだ。

「カサは怪我をしている。コブイェックは怪我をした者に襲いかかる。カサでは危険だ」

 だがガタウが

「お前はどうか」

 と聞いたのはカサ自身である。

「僕は大丈夫です」

 すんなりと答えるカサだが、その顔にはまだアザが残っている。

「カサ!」

 ソワクが声を上げる。

「僕は大丈夫です。いつでもできます」

 カサとしても、ソワクの心配は理解できる。

 だが今のカサに必要なのはただ一つ、大きな穴の空いた心を埋めてくれる何かなのだ。

――その何かが一の槍だと言うのならば、僕は挑みたい。

 それがカサの、本心である。

 死ぬかもしれない。

 知っている。

 望む所だ。

 それこそ、死の危険こそ今カサの望むものなのである。

 あの初めての狩りの遠征の、最後の夜。

 ブロナーたちが餓狂いの牙に無残に散ったあの闇から、カサの心は抜け出せていない。

――逃れられないのなら、こちらから立ち向かうのみだ。

 奇妙な充実感の中に、カサはいる。

 ラシェを失った空虚さから生まれた、自分はもういつ死んでもいい存在なのだという投げやりな覚悟。

 それがカサを、死地に駆りたてる。

 飢えに狂った瞳の先に。

 内臓を引き裂く爪の前に。

 咽喉笛を喰い千切る牙の間に。

 涼やかな眼を持つ娘の傍などではなく、憎しみの目を向ける獣の殺意の先端こそが、カサのいるべき場所なのだ。

 だから、カサは決然と言った。

「僕が、一の槍を、打ちます」

 揺るぎなき強き眼。

 据えたその瞳はまるで若きガタウだと、カサを見た全員が思った。

 その目を前にして、異を唱えられる者はいなかった。

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