成人の儀

 成人の儀が執り行われる。


 各職種に割り当てられた新成人たちが、その先一生になうであろう仕事に慣れる間もなく、戦士たちの狩りの遠征が始まる。

 一年前、カサと同じ歳の者たちが成人した頃から、新米の戦士たちのカサを見る目が変わり始めている。

 それ以前の者たちは、いかにも侮るような目で見たり、嫉妬に燃える目でにらみつけたりしたが、この年の成人たちに、そんな無礼者はいなかった。

 尊敬と憧れ。

 今年戦士になった者たちは、みな色めく眼をカサに向けている。

 カサは知らなかったが、彼らにとってカサは、同年代の誇りであった。

 そう聞かされても、何の感情も喚起されなかったろう。

 カサにとって戦士階級での己の評判など、考えるのも億劫だった。

 ラシェとの関係が破綻して一ヶ月と少し、立ち直るにはまだ時間を要する。

 悄然とするカサに、心配の目を向ける者は幾人もいたが、カサは心持ちを誰にも漏らさなかった。

 ただ湧きあがる激情をすべて、槍にぶつけた。

 幾つもの槍を折り、

 幾つもの革袋を破り、

 幾つもの石輪を砕いた。

 血のにじむ、などという表現では甘ったるい。

 文字通り血を流しながら、カサは槍を鍛えつづけた。

 ガタウの誤算がある。

 カサの槍が、凄みを増した。

 実の所ここしばらく、カサの上達は横ばい状態にあった。

 上達の後の停滞、そしてまた上達、鍛錬とはそのくり返しである。

 停滞そのものは誰もが通る道なのだが、長引けば、そこが力の上限となる。

 長い停滞期間が、練習を倦ませ、それ以上の上達を阻むのである。

 その壁を、カサは破った。

 深い悲しみと怒りが、カサに己の限界を超えさせた。

 カサの槍は威力を増し、そして今、その槍の威力鋭さは、ソワクに迫りつつあった。

――ソワクを超える日も、もはや遠くはあるまい。

 それだけ槍を振るっても、カサの表情は晴れない。

 当たり前であろう、内面の煩悶を燃料に、カサは槍を鍛えつづけているのだ。


 ソワクも心配して、カサに何度か声をかけた。

――カサ、顔色が悪いぞ。

――どうしたんだ? 身体を壊したのか?

――何かあれば俺に言えって言ってるだろう?

 だがカサは、なにを呼びかけても、

「うん」

心ここに在らずの様相であった。

 やがてソワクも諦め、遠征の半ばからカサを心配する者はいなくなった。


 夏営地を出て十と五日目、戦士たちの集団が狩り場に到着する。

 スェガリ、血と獣臭の強い風が、彼らを迎え入れる。

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