助言
「どうしたの?」
カサの異変を最初に指摘したのは、ヨッカであった。
「え?」
質問がだしぬけで、カサには訳が解らない。
「カサ、にやけてる」
「え?!」
一瞬で顔が真っ赤になる。
深夜、ラシェに逢いに行く事を考えて、早めに寝ていた所を、食事を持ってきたヨッカに起こされた。
ヨッカの焼いたヒシをほお張りながら、思い出すのはラシェの事ばかりで、そこにこの指摘である。
――まさかヨッカ、ラシェの事に、気づいてるんじゃないだろうか……。
それが考えすぎなのに気がつくほど、カサは人生経験豊かではない。
咀嚼していた口は止まり、背中には汗が浮いている。
「カサ顔赤いけど、平気なの?」
経験のなさではヨッカも似たり寄ったりなので、鋭く追及もしない。
「カサ、居るか?」
ウォギの外から声。返事を待たずに戸布を持ち上げて入ってきたのは、ソワクだ。
「よおヨッカ」
ヨッカに気楽に声をかける。対してヨッカは緊張する。
二人は一応顔見知りではある。前に一度、同じようにカサの天幕で顔を合わせたのだ。
ソワクはいつもの調子で、すぐにヨッカに対して気安くなったのだが、ヨッカの方はまさか戦士の、それも名のある職長(この場合戦士長)に対して気軽に言葉をかける訳にもゆかず、終始固くなりっ放しであった。
「丁度良い。相手は多い方が良いからな」
そう言って当たり前のように酒壺を置き、
「さあ飲むか!」
と威勢がいい。
「僕は少し寝るよ」
カサが、相手をしてられないというふうに横になると、
「おいおい、まだこんな時間だぜ? 日が沈んでから、まだ二刻(二時間)経ってないじゃないか」
そこでヨッカが要らない口を挟む。
「カサ、何かおかしいんです。食べながら笑うし、寝てる時も笑ってたし」
「ほう……」
さすがにソワクは気づいたようで、意地の悪い笑いを浮かべる。
カサは無視しようと後ろを向いたが、
「カサ、女か?」
「ちっ、違うよ! 何言ってるの、ソワクは!」
カマをかけられて、カサは首まで真っ赤になる。
語るに落ちるとはまさにこの事だ。
「良いんだ良いんだ、それで誰だ? どんな娘だ?」
「違うって、言ってるのに!」
抗議するも、むきになるという事自体、肯定したも同然だ。
「カサに? 好きな子がいるの?」
「い……っ」
いない、とは言えなかった。
兄弟同然に育ったヨッカをたばかるのは、さすがに心苦しい。
「へえ……」
ヨッカの何か言いたげな態度に気がつかなかったのは、カサに経験が足りない所為であろうか。
「どうした? お前にもいるんだろう?」
気づいたのはもちろん、ソワクである。ヨッカの首をぐいと抱え込み、酒を注いだ椀を押し付ける。
「飲め。それから聞いてやる」
勧められるままに椀を干すヨッカ。
飲み干して一息、おもむろに語り始める。
「トカレっていう、僕と同じ
酒精の力か元の性格か、ヨッカは物おじせずに言う。
「ほう」
「優しいんだ」
背を向けたまま、ヨッカの言葉にカサは聞き耳を立てている。心に浮かぶのは、ラシェの姿だ。
「どんなふうに?」
「失敗して叱られても、かばってくれるし、残ってする仕事が有る時には、手伝ってくれるんだ」
「お前だけにか?」
首を振ったようだ。身じろぎの音だけでカサには判断する。
「みんなに。誰にでも優しいんだ、トカレは」
ヨッカは誇らしげだ。
その気持ちが、カサにも解かる。
「いい娘じゃないか。声をかけてみろよ」
「かけてるよ。毎日話す」
かあっ、と天を仰ぐソワクの姿を、カサは見ないでも想像できる。
「そうじゃなくて、誘えって言ってるんだよ。二人っきりになるんだ。仕事以外で」
「そんなの、そんなの俺には無理だよ…」
「何言ってるんだ。いつも手伝って貰ってるんだろ?」
「う、うん……」
「その礼だって、そう言うんだよ。解るか?」
「うーん」
ヨッカが渋る気持ちは解る。
ソワクの言うやり方は、ヨッカやカサには露骨な誘いに思えるのだ。
「それで上手く行くのかなあ」
「そんなの判らねえよ」
「そんな、それじゃ声なんてかけられないよ!」
これだけ人をけしかけておいて、判らないとは無責任である。
「判らなくても行かなきゃならないんだよ。その娘、結婚してないんだろ?」
頷いたようだ。
「ならばそれこそ早く行かないとダメだ! その娘を好きなのは、きっとお前だけじゃないぞ。他の奴に取られたらどうするんだ」
「うーん、それは嫌だけど……」
「だから何とか二人っきりになれ」
「でも、お礼って、何すればいいか判んないよ」
「何でもいいんだよ。綺麗な物あげるとか、要は二人っきりなる事が肝心なんだ」
「そんなの、トカレに気持ちがばれちゃうじゃないか!」
「ばれないでどうするんだ! ばれてからが勝負だろう! 獣の狩りと一緒だ、向かいあって、こっちの槍の強さを見せる。向こうは槍に反応する。女の子から好きになって貰おうなんて考えるな。男だろ」
例えが戦士階級以外には通じなさそうではあるが、ソワクの意見自体は的確である。
好きになって貰うのに、自分から好きだと伝えるのは、率直ゆえに効果的なのだ。
「そうかなあ……」
ヨッカは懐疑的なようだ。
「そうさ。俺の話をしてやるよ、まあ聞け」
ソワクの頭に酒精がたっぷりめぐり、例によって例のごとき状態になったので、カサは夜具を引き寄せてひと眠りする。
それでも頭の中ではそれまでのソワクの言葉が渦巻いている。
——もしも僕が、ラシェに気持ちを伝えたら、どうなるんだろう……。
ラシェはカサに応えてくれるのか、それとも突っぱねられてしまうのか。
結論の出ないまま、時間だけが過ぎた。
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