搦手

「そんな事、できる訳がないよ」

「なぜだ?」

「だって、戦士の子だからと言って、戦士に向いてるとは限らないじゃないか」

「所がそうしろと言うんだ。俺も莫迦莫迦しいと思ってるんだから、まあ黙って聞けよ。で、お前にも手伝えと言う」

 ガタウはそんな勝手を言わない、という言葉を飲み込む。

 ソワクだってそんな事は判っている。

「……うん」

「それをお前、断れるか? 嫁は自分の子供を戦士にしたがっているとする。嫁とその親父、世話になった二人が背中を押し来る中で、嫌だと言えるか?」

――言えない、だろうか。

 言えないかもしれないと、ようやくカサは思いはじめた。

「もちろん大戦士長はそんな事言わないよ。だから皆から尊敬を集めてる」

「うん」

「強い男しか戦士にはなれないし、その中でもよほど強い男じゃないと生き残れない。それに比べりゃ邑長なんて、邑長の家に生まれりゃ誰にでもなれる」

 なるほど、それでカサにも話題の趣旨がつかめた。

「邑長の娘って、コールアだよね」

 カサが問う。

「名前は知らんが、あの鼻持ちならない小娘だ。知ってるのか?」

 カサはためらいつつ、

「うん。僕の年の一人が、仲良かったから」

 僕の年、とは、カサの同期の戦士の事を指す。

「ああ、そういや一度狩りに行く前に、あの小娘が騒いだ事があったな! あれの事か?」

「うん」

「そうか」

 ソワク。

「そうか、あれはお前の年だったんだな」

 感慨深そうに言う。

 カサにとってあの年は、まさに悪夢だったが、ソワクには代わりばえのない一年だったようである。

「邑長の娘、か。お前と俺は変な縁で結ばれているな」

 そして笑う。

「そうだね」

 カサも、力ないながら笑う。

「あの娘も良い話は聞かん。いろんな若い者と噂されているが、何を考えているのやら」

 コールアの男遊びは、いまや邑で知らぬ者がいないほどである。

 連日別の男と、二人きりでいるのを誰かに見られている。

 本人も隠すつもりがないのだろう。

 だがカサにとってそれはまるで、自分がこうなったのはカサのせいだと、あてつけられているような気がして心苦しい。

「だから断ったの?」

 だがカサが問うと、ソワクは満面の笑みで返す。

「何を言っている! この砂漠にゼラよりもいい女がいるもんか! 俺がアイツを落とすのに、どれだけ贈り物をし、通いつめたか!」

 カサは苦笑いする。

「その話はもういいよ」

 ソワクの愛妻ぶりは有名で、親しい者は皆、同じ話を何度となく聞かされていた。

「何を言うか。まだ話してない事が有ったんだ。よし! 今日はそれを最後まで聞いてもらうぞ!」

 ソワクはとうとうと話しはじめる。

 初めてゼラを女として見たときから、結婚を申し込むまで、嫌と言うほど聞かされた話だ。

 カサは、ソワクの話を聞くのが嫌いではなかった。

 ソワクの幸せそうな顔を見ているだけでカサも幸せになれるし、何よりその話を聞いている時には、カサもソワクの幸せな家族の一員になれるような気がしていた。

 それは、カサがとうの昔に諦めた幸せでもあったのだ。


「居るか」

 ソワクが酒を干して去ったあとに、また訪問者だ。

 忙しい夜である。

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