粘り腰

 この小僧を立てる? 何のために?

 誰と組み合っても、結果は見えているではないか、と。

――大戦士長はきっと、手塩にかけ育てたこの少年が勝つ所を見たいのだ。

 居あわせた皆が、そう思ったに違いない。

 重圧がカサに圧し掛かる。

――僕なんかが、勝てるわけがない。

 ガタウの望みに応えられないであろう事が、今からつらい。

「俺がやるぞ!」

 威勢よく立ちあがったのは、トナゴ。

 カサになら勝てると踏んだのだろう。

 肝の小さい男だが、力だけ見ればトナゴはそれほど弱くはない。

 同期の戦士たちの中でも体格のよさ、それも横幅の大きさだけならヤムナに勝るだろう。

 あからさまに侮ったトナゴの表情を見て、カサはうんざりした。

 誰に莫迦にされるのも仕方がないとは思っているが、トナゴのしつこさには疲れを覚える。

――きっと僕しかいばれる人間がいないのだ。

「さっきの力の使い方を見たか」

 ガタウの声に振り向く。

 もう自分の場所に座っている。その目がカサを射抜く。

「同じ様にやってみろ」

「え……」

 聞き返してもガタウは答えない。

――大戦士長とおなじようにすればいいのかな……。

 迷いつつ、中央に進み出る。

 そこではカサをやり込めようと息巻くトナゴが待っている。

 互いに組み合う。ガタウがやったように、カサはトナゴの前腰の紐を取る。

 こうして見比べてみると二人の身長差は丸々頭一つ分あり、体重差となると倍近く、ガタウとソワクの比ではない。

「オウ!」

 まだきちんと組み合わぬうちにトナゴが思い切り力を入れた。

 不意打ちに近い。

 早々に投げ飛ばして、笑い者にしようと言う算段だろう。

 だがカサの身体は、組み合ったままほとんど動かない。

「オウ!」

 また力を入れる、が、カサの身体は芯が真っ直ぐ立ち、危なげがない。

 それどころかカサが、

「フッ」

 力を入れると、トナゴの体が大きく揺らぐ。

「ウウオ!」

 たたらを踏んだが、何とか持ち直す。

「オオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 カサの意外な健闘に、座が盛り上がり始める。

 先ほどの、ガタウとソワクの取り組みを思いだす者もいたろう。

「ヤアアアアアアアアアアアアアアア!」

「ウオオ!」

 鬨声の囃す中、トナゴが焦りを見せ始める。

 だが無闇やたらな投げはカサに通用しない。

「ハー! ハー! ハッ! ハッ!」

「オオオ!」

 身体を左右に大きく振るが、カサはトナゴの力を大股に広げた足腰だけで受け止める。

――トナゴは、つよくない?

 意外な驚きだった。

 相手の顎下に頭を突っ込み腰を落とすカサを、トナゴは引き付けきれてない。

 だから力が逃げる。

――どうして力が入らないんだ……!

 ゼイゼイと息があがるトナゴ。

 何度力を入れてもカサのやや前傾した上体は揺るがない。

 引き付けきれない理由は、前腰に取ったカサの手である。

 投げをうつには、二人の腰と腰を密着させる事が必要だ。

 だが、その間合いがつめられない。

 全身の力を左腕一本に集めて押し返すカサが、力任せのトナゴを凌駕しているのだ。

「イヤー! アー! ヤヤヤヤヤ!」

「オオオッオオ!」

「フッ」

 トナゴが何度目かの投げをうつのに合わせ、カサも力を入れる。

 疲労しきっていたトナゴは、あっさりと大地に足を滑らせる。

 ドスウッ。

 たるんだ巨体があっけなく砂に投げ出される。

「オオオオオ!」

 歓声が上がる。

 うつ伏せに両肘をつき、起き上がれぬほど疲労困憊したトナゴを、ふた回り以上も小さなカサが見下ろす格好になった。

 驚愕の眼でカサを見つめるのは、何もウハサンやラヴォフだけではない。

 若き二十五人長、ソワクも同じ眼でカサを見る。

――何と……!

 信じられない思いだった。自分がガタウに負けたのはまだ理解もできよう。

 だがこのひ弱な少年が、歳は若いとはいえあの大男を投げ飛ばすとは。

 カサが不安げに周囲を見回す。

 もしもここで誰かが挑戦してくれば、カサはそれに応えなければならない。

 恥辱に怒りを隠せぬトナゴが立ちあがり、息を切らせながら再びカサに挑みかかろうとした。

 だがそれを、意外な人物が止める。

「次は俺だ」

 立ちあがったのはソワクだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る