勝負際の剛さ

 誰もが驚く。

 トナゴもカサも、これには呆然とする。

 言うまでもないが、こういった野良相撲で、力の差がありすぎる者同士が取り組む事は少ない。

 勝敗の見えている相撲に意味はない。

 例外があるとすれば、男らしさを誇示したい者が、明らかに自分よりも強い相手に挑む場合であるが、この場合これは当てはまらない。

 ガタウがソワクの相手をした時には、よもやの可能性があったが、カサとソワクでは勝負にならないであろう。

 だが誰もソワクを嗜めぬのはその発言力と、何より今目の前で見た、予想外のカサの強さへの興味ゆえだろう。

「大戦士長ガタウ、いいか」

 ソワクがガタウに伺う。闊達な笑顔である。

 ガタウが止めれば、この勝負は預けられる事となる。

「お前とでは相手になるまい」

 ガタウは言う。

「手加減してやれ」

 止めると思いきや、許すと言う。

「オオオオオオオオオ!」

 俄然盛りあがる。

 釈然とせぬままトナゴは背を丸めて座に戻り、ソワクはやる気満々でカサの前に立つ。

 その大きさに、カサは身の縮む思いがした。

 背はトナゴよりさらに大きく、胸板厚く、腕や脚も太い。

 それもトナゴのような贅肉太りではなく、しなやかな力強さを発散する筋肉の太さなのだ。

――大戦士長……!

 カサが助けを求めてガタウをふり返るが、無表情に見つめ返されるだけで、窮地から救ってくれるつもりはなさそうである。

 カサは諦めてソワクと組み合う。

 身長差がありすぎて上手く組めないが、それでも何とか前腰を取る。

「がんばれカサ!」

「思い切り行け!」

「負けたらカサが二十五人長だぞソワク!」

 もちろん冗談であるが、そこにはカサが健闘するのではないかという期待が仄見える。

 勝つことはないだろうが、カサが粘れば面白いのだ。

 カサも腹を決めた。

 勝てはしないだろうが、負けて死ぬ訳ではない、全力でぶつかってみればいい。

 戦士になってから今までの理不尽つづきに、カサにはいつの間にか妙な度胸が身についていた。

 やけっぱちではない、何もせずここにいるのではないという気概がそうさせたのだ。

 カサはためしにグイッと力を入れてみる。

――重くて固い!

 トナゴとは全く違う力感。

 足腰に安定感があり、まるで岩でも押しているようだ。

 さらに力を入れるがビクともしない。

――!!

「ムッ……!」

 歯を食いしばり、思い切り押してみるが、ソワクは微動すらしない。

「エイッ」

 ドタッ。

 簡単にひっくり返されてしまう。

「!」

 頭に血がのぼる。

 すぐさま起きあがり、跳びかかるカサ。

 だがやはり呆気なく倒される。まだまだ挑みかかるカサ。

「いいぞ! 下だ下だ! もっと下を持て!」

「回れ回れ! まっすぐ当たるな!」

「惜しいぞ! 今のだ!」

 口々に勝手な事を言う群集。

 カサはがむしゃらに何度も挑みかかるが、ソワクが投げをうつたびに面白いように転ばされてしまう。 もう何度目か判らないぐらいに倒された時、そこに居たガタウが言った。

「それでは、いかん」

 座ったままカサを睨んで言う。

「力の使い方を、思い出せ」

 カサは立ち上がる。今の言葉を反芻しながら、ソワクにまた組みつく。

――力の使い方……。

 カサは腰を落とし、無駄な力を抜く。

 ソワクの前を取り、今度は押すのではなく、持ち上げるように力を入れる。

――!

 誰も気づいていまい、だが組んでいるソワクには判る。

 カサの手ごたえが急に重くなった。

 大股だが膝下は地面と垂直、背筋が伸び顎を引いた姿勢。

 二人はガッチリ組みあったまま、動かなくなる。

「エイッ」

 ソワクが右手を吊り上げ、左に投げをうつ。

――おう!

 ところが、カサはこれに耐えた。

 一瞬身体が浮いたが、すぐに態勢を取りもどす。

 ソワクは力を緩めず、そもままつづけて左に投げをうつ。

 バタバタとたたらを踏み、カサはしのいだ。

「オオー!」

 歓声が上がる。

 ソワクの攻めを、カサが受けきったのだ。

――これは手強いぞ……。

 ソワクは内心舌を巻く。

 今のはかなり力を入れた。

 錬達の戦士ならともかく、生半可な戦士ならば軽く宙を舞うほど強く力を入れたはずだ。

 この小さな身体の中に、どこにこんな粘り強さがあるのか。

 ソワクは力任せな相撲をやめた。

 相手の腰紐を取り直し、今度は十分に引き付けて、思い切り投げる。

「あっ」

 声をあげたのはカサだ。

 ソワクの身体が押し付けられたかと思ったら、今までにないほど強い引きが来た。

――あぶない!

 何とか地面を蹴って立て直そうとするが、巧みな力の入れ方になす術もなく、二度爪先をついてカサは引き倒されてしまった。

「ハアッ……ハアッ……!」

 仰向けになり、荒い呼吸に胸が大きく上下する。

 そのカサを引き起こしたのは、ソワクだった。

「いい勝負だった」

 そういって、肩を抱く。

 カサはまだ息が荒い。

 返事を待たずに涼しい顔でソワクが引き下がる。

 屈託ばかりのトナゴとはちがう、堂々とした広く厚い背中。

 顔を寄せられた時、一瞬ブロナーと同じ匂いがした。

 カサは何となく恥ずかしくなって、頬を染めながらうつむく。

「皆、立て。狩りに出るぞ」

 ガタウが号令をかける。

 陽が傾き、狩りの刻限が迫っていた。

 戦士たちは残らず槍を取り、立ちあがる。

 カサも周囲にならう。

 そのカサに、トナゴが屈辱にまみれた粘っこい視線を送っている。

 ソワクもカサに視線を向けている。

――最後の投げは、完全な形で打てた。

 なのにあの少年は、倒されるまでに二度も足をついた。

――バスでさえ、あの投げに足をつくことはできなかった。

 それをあの少年はやって見せた。

 組んだ時の力の使い方は、あのガタウとよく似ていた。

――大戦士長は、冬の間じゅうあの少年に槍のつかい方をつめこんだと言うが……。

 たったひと冬。しかし今見せつけたカサの実力は、ソワクとて認めざるをえまい。

――あの少年は、いい戦士になる。

 追いあげられる立場ながら、ソワクはカサを認めるのにやぶさかではない。

 持って生まれた陽の性質もあるのだろう、ソワクは新たな競争相手の登場に小さな笑みを浮かべている。

――この俺と、どちらが優れた戦士になるだろう。

 嫌みのない不敵さがある。

 この乾いた男らしさがソワクの魅力である。

 人望の厚いところも含めて、ガタウの次の大戦士長は、ソワクしか居ないと言われていた。

 ソワクの周りにツェズン、乾燥したつむじ風が舞う。

 汗を乾かすその爽やかさこそ、彼のまとう雰囲気そのものであった。

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