ガタウとソワク



 実際、ソワクは強い。

 狩りもさることながら、身体の頑健さでは、並みいる戦士たちの中でも群を抜いて強い。

 狩りではガタウが一番だろうが、単純な力くらべではソワクのほうが上、と断言する者もいる。

――大戦士長は、負けてしまうかもしれない。

 カサも雰囲気に危惧する。

 あのヤムナがそのまま成長したら、きっとソワクのような男になっていたであろう、と若い戦士たち皆が思っていた。

 資質には、この上なく恵まれている男なのだ。

 そのソワクが、迷いながらも車座の中央に進み出る。

 しなやかな長身はこうして見上げると、まさしく戦士の完成形である。

 一方のガタウは、静かだ。

 こちらは戦士の中でも特に背が低く、その上片腕を欠いている。

 しかし何より印象的なのは、眼窩の深いその瞳。

 闇の中の洞穴のように光の少ない目だ。

 新旧の優れた戦士二人が向き合う。

 お互いに大きな期待を背負っているが、いざ向きあえば迷いは微塵もない。

 真剣さが周囲にもひしひしと伝わる。

 世代交代の緊張感に皮膚がひりつく。

――もし負けてしまったら……。

 負けてしまえば、カサはどんな顔でガタウを迎えればよいのだろう。

 そしてソワクとガタウが組み合う。

 トジュ、下履きの腰紐にお互い手をかけ、力を入れあう。

 ソワクは両手でガタウの後ろ腰深くを掴んでいるが、片腕のガタウは右手一つでソワクの前を取る。

 そこから掛け声もなしに力を入れあう。

 相撲は戦士たちの好む遊戯とはいえ、正式な儀式でもない。

 はっきりとした作法は無く、技よりも単純な力比べの意味合いが強い。

 その二人、組み合ったまま動かない。

 力が拮抗しているのか、身じろぎ程度に動きはあるが、互いに大きく傾ぐことは無い。

「オオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 狩りの鬨唄が二人を囃す。

 声を出しながら、両手が打たれる。

 拍子を刻みながら、この力比べを盛りあげてゆく。

「ヤアアアアアアアアアアアアアアア!」

 動きがあった。

 ソワクが腰紐を取り直し、大きく力を入れ投げを打つ。

「エエイッ」

 動きはない。

「エエエイッ!」

 再び気迫充分の掛け声があがるが、ガタウの足元は根を張ったように揺るがない。

 それどころか、ガタウが腰をひねり振り払うと、ソワクの身体が大きくのめる。

 そして、

 ドウッ。

 そのまま引き倒されてしまう。

「オオ……」

 勝敗は明確であった。

 肩で息を吐き、横たわるソワクと平然と立つガタウ。

 余りの呆気無さに、ソワクが手を抜いたのではないかと思うほどだ。

「もう一度来い」

 ガタウに言われ、ソワクが再び組み付く。

「エイッ!」

「エイ!」

「エエエイッ!」

 つづけて思い切り投げをうつが、ガタウは微動だにしない。そして、

 ドウッ。

 簡単に引き倒される。

「もう一度来い」

 ガタウと向き合い、三度組み付く。

「エイイッ!」

「フッ!」

 ドウッ。

 三度投げ倒される。

 苦しげなソワク。

 ガタウの息は、チリとも乱れていない。

 ここに至って、誰も唄を囃さず、そして誰も声をあげなくなっている。

 ガタウが圧倒的すぎた。

 ソワク勝利への期待は粉々に砕かれ、若い戦士たちがうつむく。

――大戦士長の、呼吸。

 今の勝負の中で、カサは一つ、気がついた事がある。

 ガタウの呼吸の使い方が、槍を突く時と同じだったのだ。

 腹に溜めた空気を、口腔内で受け止めつつ歯切れよく吐く。

――どうしてなのだろう。

 その方が力が入れやすいのか、考えるだけでは判らない。

 代わりに頭の中で、今の身体の使い方を反芻する。

 そのカサに、ソワクとのひと勝負を終えたガタウが声をかけた。

「立て」

「え………?」

 カサは理解できない。

「次はお前だ」

――僕が、大戦士長の相手をするのだろうか。

 だがカサが立ち上がると、ガタウは周囲を見渡して言った。

「誰か相手をしてやれ」

 皆がお互い顔を見合わせる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る