相撲

 翌昼過ぎ。

 朝早くから始まった小動物の狩りを一段落、戦士たちが食休みを楽しんでいた。

 戒めの多い戦士階級とは言え、そこは腕っ節の仕事である。

 彼らは事あるごとに、男らしさを競う。

 今は相撲である。

 車座を組み、一人一人背中から外に槍を置いて放射状の模様を作っている。

「ヨォ―――オ!」

 かけ声が響き、もつれ合った二人の男が倒れ、ドウと砂煙が立ち上る。

「サエクだ!」

「サエクの勝ちだ!」

「サエクが勝った!」

 男たちが口々に言う。

 サエクは若い戦士だ。白い大きな歯を見せて、誇らしげにこぶしを突きあげている。

 一方倒されたデアラ、サエクと同じ年の男は悔しそうだ。

 無理もなかろう、戦士たちが組んだ円座の中で行なわれる相撲は、勝敗がそのまま戦士階級の中での立場を決めてしまう。

 つまりこの勝負によって、サエクはデアラよりも有能な戦士であると見なされるのだ。

 たかが相撲と侮るなかれ。

 お互い無用に傷つけぬという了解の下で組み合い、力を競うとこの競技は、実はかなり多くの文化に見られる。

 祭りなどに好んで囃され、土地神に捧げられる物も珍しくない。

「次は俺だ!」

 立ち上がったのはバスという大柄の、がっちりとした男である。

 そのバスがソワクを指差して言った。

「さあさあ立て、俺と立ち会え! 今日こそこの神聖な狩りの大地にひれ伏させてやる!」

 鼻息が荒い。

 よき戦士と目されているがバスはまだ若く、戦士長にはなってはいない。

 そのバスが、同い年の幼なじみであるとはいえ、二十五人長のソワクにこういう遠慮を見せない口調で迫るのは、本来であれば礼を失している。

「ソワク! ソワク! さあ立て! バスを叩きのめせ!」

「戦士長の器を見せろ!」

「また目にもの見せてやるがいい!」

 周りが囃し立てる。こういう無遠慮な囃し言葉も、戦士階級の間柄ならではの気安さである。

「いいだろう」

 不敵に笑いながら立ちあがるソワク。

 長身で、立ち上がるとバスよりも更に大きい。

 横幅は負けているが、逞しさでは引けを取らない。

 ワッと歓声が上がる。

 カサも手を叩き、皆と同じく笑う。

 その大きな円陣の中で、ソワクとバスが向き合い、組み合う。

「オオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 誰かが鬨唱をうなり始めた。

 この風習、元々は狩りの前の腕試しでもあったのだろう、それがこのような形で定着したのだとしても不思議ではない。

「ヤアアアアアアアアアアアアアアア!」

 組んだ二人の身体に、力が入る。

 お互いを倒し、組み敷こうと二つの逞しい身体が揉みあう。

 殴る蹴る、顔に手をかけるなどをしなければどういうように組んでもよいというのが、一応の決まりである。

「ハー! ハー! ハッ! ハッ!」

 グイグイと押し出してゆくのは、ソワクだ。

 筋肉の塊のようなバスの巨体を物ともせず、あっという間に円陣の端に押しやる。

「イヤー! アー! ヤヤヤヤヤ!」

 歌の終わりと共にドウと切り返され、バスが横向きに倒された。

「オー!」

 砂ぼこりと歓声が上がる。

 笑って手を差し出し、バスを引き起こすソワク。

 その手を取ったバスも笑っている。

 二人は親友同士で、機会があるごとに相撲を取りあう仲なのだ。

 もっとも最近は、ソワクがバスに差をつける一方のようである。

「次は、俺が戦士ソワクの相手をしよう」

 カサの隣で声がした。

 ガタウだ。

 立ちあがり、ソワクと向き合う。

「オオ……ッ!」

 先ほどまでとは、異質のどよめき。

 真剣な力の比べ合いとは言え、所詮相撲は遊びである。

 大戦士長が参加するなどとは異例で、年を取った戦士たち、多くは戦士長である。

 彼らは皆、無用の力比べを好まぬ。

 単純な力の勝負では若者の勢いに足をすくわれかねないし、もしも負ければ戦士長として下の者を統率するのに支障が現れる。

――ガタウは、大戦士長は、どういう心積もりなのだ。

 年長の戦士たちは気をもむ。

 思えば、この狩りの始まりからガタウはおかしかった。

 最も重要とされる一の槍をソワクにまかせ、自分はそれより重要度の一つ落ちる終の槍にまわった。

 一連の行動を、世代交代と受け取った者は少なくない。

――もしや大戦士長は、ソワクに全てを譲る腹積もりではあるまいか。

 戦士の中でも最高齢のガタウが相撲に参加するという行為を、そう受け取られるのは当然。

 年配の戦士たちが居並ぶ若者の顔を見わたす。彼らの瞳に光るの期待の目。

――もしもソワクが勝てば、全てが変わる。

 ガタウが負ければ老いた戦士の多くは勇退を余儀なくされ、押し上げられた若い戦士たちが主力となってこの戦士階級を率いるだろう。

 この勝負、二人だけの勝負では無いのだ。

 ガタウは相変わらずの無表情、だがソワクは困惑顔だ。

 このソワク、ガタウに心酔している。

 戦士になったその日から、ガタウこそただ一人本物の戦士として、憧れの目で見ている。

 だからガタウが進み出て目の前に立つと、途方にくれた様子になった。

「行け! ソワク! 大戦士長を倒せ!」

「お前の力をみんなに示せ!」

「これで勝ったら大戦士長だぞ!」

 冗談交じりではあるが、最後の一つこそ本音であろう。

 意気上がる若い戦士に比べ、ガタウ側の古参の戦士たちは物静かだ。

 みな腕組みをしてジッとガタウを見ている。

――大戦士長ガタウたる者が、なにゆえそのように軽々しき行いを。

 それを見極めようとしている。

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