前兆

 その訓練を十日程つづけたのち、ガタウは鍛錬を次の段階に進めた。

「今日からはこれを使え」

 また石輪である。だがよく見れば、今まで使っていた物よりも一回り小さい。

 これまでの石輪の内側は大人の拳が通るほどだったが、渡された新しい石輪は、カサの拳でようやく通る小ささだ。

 カサはいつものように、撃つ。一突き目は上手く中を突いたが、二突き目が石輪の内側を撃つ。

 ガリ。

 石輪を欠いた音。

 カサは顔をしかめたが、もうガタウの方は見ない。

 気をとりなおし、突きをつづける。

 小さい石輪は厚みがない分もろく、その日のうちに、二枚を割ってしまった。

 だが翌日以降、カサがその石輪を割ることは無くなった。力の使い方を覚えたのだ。

 カサは槍を使う最も大切な感覚をつかみつつあった。

 その感覚をもつ者は邑の男、それも戦士たちの中でも五指に足りないだろう。

 その一人が大戦士長ガタウ。

 そしてそのガタウにつづくと言われる戦士、若くして二十五人長となったソワク。

 残るはその他数名。その中にカサも含まれている。

 だがガタウはカサを甘やかさない。厳しく鍛えてこそ、この才は能となる。

「フッ」

 ドシンッ。

 カサの気合いが響く。大地は広く、空は青い。



 風が益々強くなってくる。

 湿気まじりの重い風,ツェランが吹き起こり,否が応にもヒルデウールの到来を感じさせる。

 そしてある日、カサはガタウにたずねた。

 いつフェドラィ、冬営地に移るのか、と。

「冬営地には、行かぬ」

 ガタウはさも当然といった口ぶりで言った。

「邑人が帰って来るまでここに居る」

 カサは驚く。

 そんな事が許されるものなのかと驚く。

 当然である。

 夏営地で一年を過ごすなど、カサでなくとも聞いた事がない。

 だがガタウは相変わらずのこわい表情でカサを見返すだけだ。

 思えばガタウと過ごすようになってからは、驚く事ばかりだった。

 それでも最近は慣れ、もはや驚くまいと身構えていたが、この言葉には驚きを通りこして、呆気にとられた。

「そんな事ができるんですか?」

「幾度となくここでヒルデウールをやり過ごした」

 当たり前のごとくガタウが言うので、また驚く。

「ヒルデウールが来る前に、ウォギやバライーは畳んでおく。打ちつけた杭に結びつけて流されないようにする。じっと動かずに居て、マレかケレをかぶり雨を避ける。ヒルデウールの間は腰に革を巻いて縄で自分を結びつけて、強い風をやり過ごす」

 驚きを通りこし、呆れるのを通りこして、カサは感動していた。

 そんな事、考えついたって誰もやろうとはしないだろう。

「わかりました」

 カサは素直に答えた。

 ガタウが居れば、何でもできる気がしたからだ。

 ブオウ。

 風が砂を巻き上げ、二人をとりかこむ風景をかき消した。

 その風の名はスィエカオロ、砂をたたきつける大きな風という意味を持つ。

 この風が、ヒルデウールを連れて来ると言われている。

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