骨子

 夜、カサは自分のウォギの中で横になっていた。

 ケレを腰にかけ、こぶしを額に当てて目を閉じている。

 ぐったりと動けぬほどの憔悴ぶりは、チリチリとくすぶる熾き火の光でもわかる。

 こんなに疲労したのは、久しぶりだ。

 筋肉の疲れではない。

 眉間の奥にズンと響き、肩がこる、頭蓋に石くれでも詰まったような疲れ。 

 カサのソワニ、育児親のセテがよく、小さい子相手で肩がこったとぼやいていたが、あれはこんな感じだったのだろうか。

――今日は散々だった。

 フウとため息を漏らし思い返す。

 突けば突くほど迷いが増してゆく。

 突く所をにらみ過ぎて、最後には石輪が三つにも四つにも見えた。

 焦りすぎて頭がぼうっとし、段々気持ちが悪くなって、最後は石輪の外を突く始末。

 つんのめって転ぶのは初日以来、しかも落日まぎわ、ついに石輪を割ってしまった。

 すぐに予備の石輪を出してはくれたし、カサ叱ったりしなかったが、ガタウも本心ではきっと自分を軽蔑しているだろうなと思う。

――明日も、つづくんだろうか……。

 きっとそうだろう。

 暗澹とした気分でそう思う。

 カサが上手くできないからといって、あのガタウがやり方を変えるはずがない。

――眠ろう……。

 カサの意識が、繋がりのない断片にばらけてゆく。

 小さな物音にも反応する浅い眠りが、今のカサの眠りだ。奥ゆかしく優しい母の腕の中のような眠りなど、もういつの話だろう。

 誰もいないウォギの中で、カサは一人背を丸めて眠りつづける。

 いつも何かに苛まれているような表情を、幼い顔に貼りつけながら。



 翌日もカサの不振はつづく。

 突けど突けど、槍先は石輪の内側を捉えない。

 焦ったカサが半ばめくら撃ちのようになり、昨日につづいて二枚目の石輪を割ってしまうに至って、ようやくガタウが助言を与えた。

「穴の間を突こうとしてはいかん。その輪の向こう側を捉えるのだ」

 深い不振にに陥って、カサの動きは縮こまってしまっていた。

 ガタウはだいぶ前から気づいていたが、機を見て黙っていた。

 助言は、与えればいいという物ではない。

 与える機会が正しくないと、無駄になる事を、ガタウはたくさんの戦士を育てた経験から知っていた。

「余り突く所を見つめてもいかん。全体を見、突く所のみに集中せよ」

 カサは混乱する。

 昨日はよく見ろと言い、今日はあまり見るなと言う。

 一見相反するガタウの言葉は、程度をしめしている。

 集中しつつ背筋の力を抜け、という事だ。

 今ひとつその意味を飲み込めぬまま、カサは新しい石輪をくくりつけた砂袋に向き合う。

 一方のガタウも、言葉が多すぎたかと危惧している。

 大きく育てるためには、助言を与えすぎてもいけない。

 考える力を伸ばすには、飛び石のごとく一つ一つ間を置かなければならない。

 ザリ、足元を整える。

 同じ場所で突きつづけたせいで、カサの足元の地面は少し窪んでいる。

――見つめちゃいけないんだ。

 カサはまた石輪をにらみ付けそうになっている自分を押しとどめる。

――全体を見て、突くところに集中。

 カサから無駄な力が、ふ、と抜けたのがガタウに判った。

――間ではなく、その向こうがわを。

「フッ」

 ドシンッ。

 足裏の踏み込みも、腰のひねりも申し分ない。

 そしてその槍先は、正確に輪の中心を突いている。

「やった……!」

 カサがガタウを見る。その顔に、久しぶりの笑顔。

 ガタウがゆっくりと頷く。

 嬉しくなって、カサはかまえ直す。

「フッ」

 ドシンッ。

 再び槍先が輪の間を通る。

 くり返し砂袋を突きながら、カサは長い夜から抜けたような爽快感を味わっていた。

 それからはもう夢中で槍をしごきつづけた。

 だから、気がつかなかった。気づけば驚いただろう。

 ガタウが、笑っている。

 優しげなものではなく、見る者をゾッとさせるような凄惨な笑みである。

 カサの飲み込みのよさに、このガタウが、頬のゆるむのを押さえられない。

――この少年は、よき戦士となるだろう。

 ガタウは確信した。

 注意の向け先と身体の操縦。

 一度に二つの助言を受け入れる、これは簡単そうでなかなかできないものだ。

 カサが砂袋を揺らしつづける。

 その表情は、ガタウが今まで見た事もない位に生き生きとしている。

 いつの間にかカサは、槍を扱うことに楽しさを覚え始めている。

 戦士になりつつある、と言うことだ。

 蒼穹の天蓋に、吐気と砂袋を打つ音が響く。

 以降、この段階の鍛錬で、カサはもう石輪を損じる事はなくなった。

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