宝玉を貫く

 風が強くなった。

 スィエガロ、砂を巻き上げる強い風が周囲を舞う中、今日もガタウとカサの単調な一日が始まる。

 風量以外にいつもと違う部分もある。砂袋の前、である。

「これは、何ですか」

 カサが指差したのは、新たに砂袋にくくり付けられた石製の輪である。

 輪は両端を結ばれ、砂袋のまん中、こちら側に両手人差し指と親指で作ったくらいの穴を見せている。

「その中を突け」

 ガタウが言う。

 見れば新緑色の大きな宝玉である。

 翡翠という名で、高値で取引されている物だ。

 それを突けとは、大戦士長は一体何を考えているのだろうかと、さすがにカサもいぶかしげである。

「槍で、ですか?」

 答えは判りきっているのだが、問わずにはおれない。

「そうだ」

 ガタウが事もなげに答える。

 どうやらそれ以上説明をする気はなさそうである。

 カサは黙って従う。

 ガタウは無駄な説明を嫌う。

 それゆえほとんど何も喋らない日もある。

 カサも、なので受けとった言葉の意味を間違えていても、まずは額面どおりやってみる。

 間違っていれば一言二言注意をするだけで、ガタウは怒鳴ったりしない。

 それよりも、やる前にあれこれとためらってぐずつく方を嫌う。

 ザ。

 いつものように砂袋から程よく距離を取り、槍をかまえる。

 にらんだ砂袋のちょうど真ん中、いつも突きを入れるあたりに石輪が縛りつけられている。

 ただそれだけの事なのに、目標がやけに捕えにくい。

 じっと見つめれば見つめるほど、大人の拳ほどある石輪の内輪が、狭まってゆくように錯覚する。

 顔の前に、見えない手でもかざされてるみたいだ。

 とはいえ、ずっとこうして睨んでいる訳にもゆくまい。

――行かなきゃ。

 こちらに向けられているだろうガタウの視線にも急かされ、違和感を消せないまま突きを入れる。

 ドシッ。

 恐る恐る突きを入れる。

 振動の中にかすかに、槍先が石輪を撃つ甲高い音が混じる

「もっと強く打て」

 こわごわと打つカサに、叱責が飛ぶ。

 槍をしごくときにガタウが注意するのは、

「腰を落とせ」

「もっと強く打て」

「打つ所をよく見ろ」

他に、細かい力の使い方を幾つか言うだけである。

 この中でも「もっと強く」と言われるのは、ずいぶん久しぶりの事だ。

 だが瑠璃の石輪は見るからに高価な品である。

――壊してしまいはしないか。

 とカサが心配するもガタウは、

「壊しても構わん。思い切り打て」

 容赦が無い。

 カサも意を決した。

「フッ」

 ガリッ。

 嫌な音がした。

 槍先が石輪をたたき、その内端を欠いたのだ。

「あっ……」

 しまった。

 カサはガタウの顔をうかがうが、そこにはいつもの厳めしい顔があるだけである。

「続けろ」

 そう突き放す。カサは冷や汗をかく。

――次は上手くやらないと。

「フッ」

 ドシュッ。

 動揺が槍先に伝わって、今度の突きも石輪をかすめた。

 カサは困惑する。

 強く打てば槍先がぶれ、慎重に打てば槍先を置くような動きになって力が抜ける。

「フッ」

 ギャッ。

 石輪を引っかいた嫌な音が響く。

 歯噛みしても遅い。

 かまえ直す、が、打てない。

「打て」

 ガタウが追い詰める。

「……」

 脂汗がカサの頬を伝う。苦悩が眉間に皺となって表れる。

「……打てません」

 降参である。

 いくら狙えど、あの中に突きを入れる自信がわかない。

 カサはガックリと肩を落とす。

 ガタウはそんなカサに、

「よく見ておけ」

と言い槍を取り上げ、場所を譲らせた。

 カサとは反対に、右を前にして腰だめに槍を低くかまえる。

 ガタウを中心に、強い風が渦巻いているような力感がある。

「フッ!」

 ズシン!

 一瞬だった。

 動き始めが見えない。毎日嫌になるほど砂袋を打ちつづけて、カサは初めてガタウの槍の凄みを理解した。

 予備動作の小ささ、速度、打撃の重さ、そして、正確性。

 槍先は、石輪の中央を見事に捉えていた。

「フッ!」

 ズシン!

 つづけてガタウが打つ。

 モウッとガタウと杭の足元で砂煙が上がる。

 槍先はまたしても、輪の内側中央を完璧に捉えている。

「フッ!」

 ズシン!

 砂袋は大きく波打ってへこみ、杭がきしむ。

 全てがカサの槍とは比べ物にならない。

「フッ!」

 ズシン!

 衝撃と運足の激しさで、モウモウと砂煙が立ち込める。

 粉塵が目に入りそうで、カサは眉を引きおろす。

「フッ!」

 ズシン!

 打ち終わりの姿勢も、背筋が凛と伸び、見事だ。

 足元が、いまだ振動しているようにしびれていた。

 スクとガタウが立ち、槍をカサに返す。

「やってみろ」

 カサはゴクリと唾を飲み込み、うなずいた。

 慎重に腰を落とし、石輪の中をにらむ。

 その鍛錬は、夜までつづいた。

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