鍛
面食らいつつもカサは腰を浮かせる。
「槍を持て」
言われるままに天幕の骨木にかけてあった槍を取る。
「ついて来い」
有無を言わせぬガタウの口調。
カサは問いただすこともできず、不安を抱えたまま黙ってガタウにつづく。
ウォギを出ると、荷造りをする邑人たちの視線がいっせいにこちらを向く。
カサは羞恥を感じて、ガタウの陰に隠れるように身を縮める。
ガタウは気にした様子もなく、彼らを割ってグイグイと進んでゆく。
カサは槍を持った左腕で、つけ根近くから欠けた右腕を隠しながら、うつむきがちに歩く。
戦士である事を示す、真っ赤な装束が、二人を邑人たちから大きく浮き上がらせている。
周囲から向けられる同情と哀れみまじりの視線に、頬が熱くなり、額に小汗がにじんだ。
――大戦士長は、恥ずかしくないのかな……。
見つめたその背中は堂々としていて、迷いのかけらも見当たらない。
大戦士長ガタウ。
邑でも、いや部族内でも最高と噂されるその狩りの手腕。
あの恐るべき“真実の地”に単身赴き、そして帰還した男。
ガタウは砂漠の生ける伝説であった。
――きっと自分とは、何もかもちがう人なのだろう。
劣等感まじりにそう思う。
同じように片腕を失った者同士とはいえ、ガタウとカサの差は歴然としていた。
ガタウが歩けば、邑人は道をゆずる。
――大戦士長みたいになれればよかったのに……。
これほど畏怖され敬われている戦士は他にいない。
大人たちの噂話では、その発言力は邑長をしのぎ、マンテウ、大巫女様に比肩しうるという。
――この先は邑の外なのに、大戦士長はいったいどこへ連れて行くんだろう。
もしや、邑から放り出されるのではと不安になり、
「……あの、大戦士長……どこに……?」
恐る恐る訊ねるが、ガタウの黙れと言わんばかりの一瞥に、その声はしぼむ。
仕方なしに背中をただ追う。
二人の周りでは邑人たちがかわるがわるこちらを見、中には作業を投げだして遠巻きについて来る者まで出始めた。
ようやくガタウが立ち止まったのは、邑から少し外れた場所である。
何に使うのか、木材や皮袋が集められている。
「杭を立てる。そこに持て」
「は、はい」
カサの目の高さほどもある長い杭、それを指示された辺りに立てる。
ガタウが石鎚をふるう。
一つ、二つ、三つ。
重い打撃が、首と左手で支えるカサにも伝わってくる。
「放せ」
補助が要らなくなった頃合いを見て、ガタウがカサを退かせる。
黙々と杭を打ち込むガタウ。
ぼんやりと眺めていたカサに気づき、言う。
「槍先をはずせ。そこの石を代わりにつけろ」
「は、はい」
戸惑いつつも従うカサ。
槍先を固定している革紐をほどき、唐杉でできた槍身からコブイェックの牙をはずす。
――この石だろうか。
拾いあげた石は、大きさこそ牙と同じ程度であるものの、先端の尖った牙とは違い、全体円柱形をしている。
意味がわからず躊躇していると、
「何をしている。早くつけろ」
ガタウの抑揚のない叱責が飛ぶ。
声を荒げる事のほとんどない男だが、それだけに普通に話していても、えもいわれぬ圧迫感がある。
あわてたカサが石を取り落とす。
「座ってやるがいい。縛るときは紐を歯で咥えろ。きつく締めぬと槍先が外れるぞ」
言われた通りにするが、片手ではなかなか上手くゆかない。
何度も取り落としながら何とか手順どおりに石を結びつけてゆく。
ようやくつけ終えると、ガタウはとっくに作業を済ませカサを待っていた。
「それでいいのか」
何か忘れてることがあるのだろうか、考えてみたが、わからない。
「は、はい」
仕方なしに頷く。
「後ろを向け」
「はい」
カサが従うと、ガタウはショオ、戦士がたすき掛けに着る真っ赤な衣装を締めなおす。
欠けた右腕を、背中から固定するように少し痛いぐらい巻く。
「そちらの腕をきちんと締めておけ。でないと動く時に身体がぶれる」
「は、はい」
それから先ほど立てた杭に向きなおる。杭には革袋がくくり付けられている。
一抱えはありそうな、何かがつまった大きな革袋だ。
ガタウが言った。
「これを打て」
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