営地移動
翌日から邑全体で荷造りがはじまり、集落は騒然とした活気に包まれる。
天幕のなかに散らばった鍋や器を片付け、大小の背負子に荷を固めてゆく。
寝具も一人用のケレのみを残して、みな畳む。
塩や胡椒などの調味料も厳重に封をされ、普段はカラギ、食料を管理する階級のものがうけもつ食事の支度も、冬営地に落ち着くまでの道行きは味気ない保存食で我慢せねばならない。
移動前日からは天幕の解体がはじまる。戸幕、天幕を下ろし、骨組みをばらし、芯柱をおろす。最後に敷物を小さく巻けば、解体作業は終わりである。
全体で見ると、片づけに2日、営地間の移動に10日、天幕の組み立てと道具の取り出しに1日、計13日程度の日程となる。
一年(300日)を冬営地と夏営地で半分ずつ過ごす彼らは、荷造りの手さばきもなれたものである。
子供は3歳から小さな背負子を背負い、まさしく部族総出の大仕事である。
カサはその中で、何もせずにいる。
周りが次々と天幕をたたむなか、自分用の小型天幕、ウォギの中でじっとしている。
荷物を片づけてもまとめてもいない。
まるでフォラン、やや大きなつむじ風の真ん中にいるみたいだと、カサは思う。
回りがグルグルとあわただしいのに、カサは一人うす暗い天幕のなかで膝をかかえている。
――本当なら、今ごろソワニにせかされて、ヨッカと二人で荷造りする子らの世話をしたり、ブランギの解体を手伝ったりしている頃なんだろうな。
根が几帳面なカサは、皆とのそんな作業が嫌いではなかった。
なのに、今はその蚊帳の外にいる。
「フウ……」
小さなため息をつく。
明日皆が出発してからも、カサは、ガタウとたった二人夏営地に残る。
大戦士長手ずから狩りの技を仕込まれるという、他の戦士たちにとっては、咽喉から手が出るほどうらやましい話であろう。
だがそれを有りがたいと思えるほど、カサは狩りが好きでも得意でもない。むしろ、
――狩りなんて、きらいなのに……。
とすら思っている。
膂力にも胆力にも劣るカサに、この上何をせよというのだろう。
さらにため息が小さな口をついて出ようとした時の事である。
ボウッ!
だしぬけにウォギの戸幕が、誰かにつよく跳ね上げられた。
強い光が差し込む。昼前の照り返しがカサの眼を直射する。左手で目を守りながらそちらを見る。
訪問者の姿は逆光で判らないが、それが誰なのかは分かった。
「出ろ」
ガタウだ。
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