「え……」

 ガタウの意図がわからず、カサは戸惑う。

「その槍で、この革袋を突け」

「は……はい」

 なるほど、皮袋を獣に見立てて狩りの訓練をしようというわけである。

 そういえば戦士になり始めの時に、新顔の戦士たち全員を集めて槍の扱い方を端から教え込まれた。

 横一列に並んで槍の高さ、運足、息の吐き方、狙う場所を教わったのを思い出す。

 だがカサはどうにも気が乗らない。

 こんなやり方は聞いたことがないし、それに遠巻きについて来た邑人たちの無遠慮な視線も気恥ずかしく、気持ちが萎縮してしまう。

 とはいえ大戦士長に逆らう訳にもゆかず、渋々左手の槍で革袋を軽く突く。

 ド。

 突いたと言うより、くっつけた、そんな感じだった。

「もっと強くだ」

「……はい」

 ドッ。

 さっきよりやや強い、だが遠慮がちな一打。

「貸せ」

 ガタウがカサの槍を取り上げる。

「革袋には砂を詰めてある。そう簡単には破れたりはしない」

 そういって腰だめにかまえ、槍を突く。

「フッ!」

 ズシン!

 杭がふるえ地面に砂煙が浮く、重い一撃。コブイェックの膝をも砕く一突きだ。

「思い切り突け」

 カサに槍を返す。

 ガタウにならい、槍を革袋に打ちつける。

 ドスッ。

 ドッ。

 ドスッ。

 思い切り突いたつもりだが、ガタウの突きとは比べ物にならないほど弱々しい。

「もっと腰を低く落とせ」

 肩をつかまれ、膝を深く曲げさせられる。

「背中を丸めるな。きちんと腰に上体を乗せろ。槍はもっと長く持て」

 言われるままに腰だめの姿勢をとる。力負けした膝が大きく痙攣しはじめる。今にも尻餅をついてしまいそうだ。

「打て」

 ドッ。

 革袋は小さくへこんだだけ。子供の拳のような弱々しさだ。

「槍尻は腰の脇につけろ。突き込む瞬間に息を吐いて全身に力を入れるんだ」

 ガタウのようにせよ、という訳だ。カサはそのようにした。

 ドシッ。

「アウッ!」

 重い革袋からの反動が槍身を通じて伝わり、衝撃がカサの腰骨をつらぬいた。

 痛みにこらえきれず地面に這いつくばる。

 顔をしかめたまま腰を押さえ、息もできない。

「立て」

 容赦のないガタウの声。

「獣の前で一時でもそんな格好でいるのなら、お前は死ぬ」

 その厳しい顔には慈悲の色などない。

 カサは歯を食いしばって立ち上がる。

 槍を拾い、革袋を突く。

 ドシッ。

 ドシッ。

 ガ。

 突きがそれた。引っかけた槍先が外れ、からまった紐から無様にぶら下がる。

「つけ直せ。今度は取れないようにもっと強く縛れ」

 ガタウの声には、一片の気づかいも感じられない。

――どうして?

 裏切られたような気持ちだった

 厳しくとも、ガタウなら自分の気持ちが解かってくれると、勝手に信じていた。

 手厚く看護してくれた大戦士長に、今は亡きブロナーと同じものを見ていた。

――だけど、ちがうんだ……。

 ガタウはブロナーではない。

 ブロナーのように優しく守ってくれる訳ではないのだ。

――僕にはもう、だれもいないんだ……。

 カサの孤独は決定的なものになりつつある。

 まだ十四歳(我々の暦では約十二歳)の少年には、厳しすぎる試練だろう。

 奥歯に食い込む革紐をかみしめながら、にじむ涙をこらえ、無機質に手を動かし、槍先代わりの石を取りつけ終える。

「立て」

 ガタウの声がカサの背に刺さる。

 カサは立ち上がる。軽く目元を拭き顔を上げると、そこにはもう何の表情もない少年がいた。

 絶望を受け入れたその表情は、幼さを残しつつ、老いた男の様でもある。

 腰を落とし、杭に結びつけた革袋に槍を打ち込む。

 絶え間なく腰を貫く痛みを,腹部に力を入れて耐える。

「もっと腰を落とせ」

 震えて落ちそうになる膝を、必死にとどめる。

 すぐに息が上がる。

「もっと強く打て」

 いつの間にか体中を滝のような汗が流れ落ちている。

 ぐしょ濡れになった包帯が、顔に張りつく。

 空気を求めた咽喉が、笛のような音を鳴らしはじめる。

「槍にもたれるな。撃つ瞬間に力を込めるんだ」

 鼓動はまるで祭りの囃子のように滅茶苦茶な速さで打っている。

 苦痛に意識がかすみそうになる。

「もっと強く打て。狙いはあの革袋の先に有ると思え」

 単調なくり返しに退屈したのだろう、いつの間にか野次馬たちは少しずつ数を減らしてゆき、やがて誰もいなくなった。

 カサはそれに気がつかなかったし、もはや気にしてもいない。

 正体の判らない熱に浮かされた意識の端で、カサはそんな自分を見つめている。

 砂漠に立つ二つの影は、ずっと同じ動きを繰り返していた。

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