野営
夜になり、戦士たちは野営地で休息をとる。
砂漠の夜はきびしい。
昼間の苛烈な熱さはかき消え、
みなが外気から逃れようと、身を寄せあって寝ている。
横向けにきれいにならんだ腰から胸までを、三人一組で一枚の分厚い布をかけている。
マレ、と呼ばれているその寝具は、他者と肌を寄せあい、砂漠をわたる夜の風をふせいで体温を保つ砂漠の民の知恵の産物である。
獣に襲われた際に生地に足を取られぬため、凍えようと手足を少し出し隠してしまわない。
そんな中、カサはマレから抜け出して、野営地から外れた場所で、また膝を抱えている。
近づいてみると、その肩が震えているのが分かる。
耳を澄ませてみれば、ひくっ、ひくっ、としゃくりあげるのが聞こえるだろう。
夜闇の中、涙にぬれた頬が、かすかな星の光を照りかえす。
――こんなところまで、来てしまった。
――もう、帰れない。
――どうして、明るいうちに逃げ出してしまわなかったのだろう。
邑が、家族が、友達が恋しかった。
――ヨッカたちは今ごろ、何をしているだろうか。
――安らかに寝ているのだろうか。
――それとも、遅い食事を、友人や家族たちと楽しんでいるのだろうか。
――陽気な大人にからかわれて、苦い仙人掌酒なんかを飲まされたり、甘い赤花の干した実なんかを食べたり、それから……、それから……。
「泣いてるのか?」
いつの間に来たのだろう、ブロナーが、カサのすぐそばで言った。
慌てて涙目をこするカサ。
いつから居たのだろう、カサは恥じた。
――自分を、弱いやつと思っただろう。もうどうでもいい。
どうせここからは逃げ出せないのだそんな投げやりな気持ちにもなる。
――自分なんか、そのまま死んでしまえばいいんだ。
ポタポタと涙が、細い鼻梁を伝って砂に落ちる。
ブロナーは、そんなカサの首を、いたわるように揉んだ。
「俺もよく泣いたよ」
カサは、ならんで座るブロナーを見た。
「帰してほしい、邑に帰りたいって、今のお前みたいに一人で」
ふ、とそして笑うブロナーは、昼間、戦士たちの中にいる時にはなかった柔和な顔をしている。
「だって……みんなが……」
カサの声は、もう言葉にはならなかった。
細い細い泣き声をあげて、もう一度泣きはじめるカサ。その首を、ブロナーの無骨な手が揉んでいる。
まだ少年の首、まだ少年の頭だ。
大人に成長するしるしさえないこの体で、邑長や戦士長たちはいったい何をさせようというのか。
「もう大丈夫だカサ」
ブロナーは言った。
「明日からは俺がお前のそばについてやろう」
慈しむような声に、カサは涙でくしゃくしゃにした顔をあげる。
「荷物が重ければ、半分持ってやろう」
「倒れたらまた、支えてやろう」
「ヤムナたちがうるさければ、しかって黙らせてやろう」
そしてブロナーは、優しい父の顔で言った。
「それでよいか?」
カサは答えなかった。
ただ涙顔で、くり返しうなずいた。
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