戦士階級

 圧倒的な存在感。

 誰も物音一つ立てられない。

 ブロナーたち戦士長でさえ、息を押し殺している。

 ヤムナも、完全に萎縮してしまっている。

「戦士が狩りに行く時は」

 地鳴りのような、ゴロゴロと割れた声でガタウがつづける。

「女子供は来てはならぬ」

 カサがゴクリ、つばを飲む。

 その音が耳の裏側で思ったより大きく響いて、カサは身をすくめた。

「ふん!」

 コールアが鼻を鳴らす。

「知ってるわよ! そんなの!」

 そう言ってヤムナからもついと離れていく。

 場の雰囲気に気おされない性格は、甘やかされて育ったせいだろう。

「後しばらくで出発するぞ。みな、早く並べ」

 ガタウが言うと屈強な戦士たちはみな、砂ネズミのような澄んだ瞳になって彼の言葉にしたがう。

 カサは、胸をなでおろした。ヤムナたちからの当てこすりが、おかげで中断したからである。

――あれが大戦士長ガタウ。

 カサは、去ってゆくガタウのたくましい背中を見つめる。

――すごく怖い人だ。

「行くぞ」

 ガタウが出立をつげる。

 それぞれ隊を治める五人長、二十五人長たちが、はい、と口々に返事をかえす。

「アイーイイイーイーッ」

 先頭の戦士たちから鬨の声があがる

 そうして戦士たち、約百名は、フォガンと呼ばれる砂煙が胸元近くまで舞い上がる強い風の中、はためく赤い裾をひるがえし、槍先を空むけて立て、荒涼たる砂漠へと足をふみだした。



 戦士たちが砂漠を行く。

 眼に焼きつく黄褐色の大地、緑色のうすい植物、そして赤茶けた彼ら。色彩の単調な世界の中、空だけがいやに蒼い。

 その空を見上げながら、カサは、戦士たちの隊列の中ほどを歩いている。

 若く、経験の浅い戦士たちはみな、隊列からこぼれないたようカサのいるあたりに固められる。

 部族の拠点、天幕の並ぶ夏営地から離れるにしたがって、砂が細かくなり、地面がゆるくなってゆく。

 砂漠、と一口に言えどその地質は一様ではない。

 砂礫の転がる所や地盤のしっかりとした所、そして今彼らが歩くような、いかにも砂漠という、足を運ぶたびにくるぶしまで埋まってしまうような粒子の細かい軟砂、それらを一くくりに「砂漠」と呼ぶ。

 ブオッ、音をたてて風が巻く。

 砂をくらった幾人かが、体勢をくずす。

「あっ」

 体の小さいカサは、そのまま転んでしまう。

 星状砂丘の稜線からすべり落ち、裾野で砂にまみれて止まる。

 長すぎる槍と水袋が、そちらこちらに散らばる。

 うつ伏せでぺっぺと砂を吐くその肩口が華奢で痛々しい。

「立てるか」

 すかさず降りてきたブロナーが、カサに手を貸す。

「カサ、戦士の行進の邪魔するなって言ったろ」

「許してやれよ、まだ子供だ」

「そうさ、間違ってこんなところに迷い込んだんだ」

 ハハハ、悪意まじりの笑い声がひびく。

 最後のせりふを引き取ったヤムナは得意顔だ。

「戦士長、そんなやつ置いていきましょう」

 ブロナーがにらみつけるが、調子づいた彼らは知らん顔でいる。

「どうした」

 低い声。若者たちがそろって身をふるわせた。

 大戦士長、ガタウである。

 先頭から様子を見に来たようだ。ひざまずくカサのもとに滑りおりながら近づいてくる。

「カサが……」

「転んだのか」

 ブロナーに叱りつけるように、ガタウが言う。

 その声が怖くて、カサは身を硬くしている。

 たて皺の深い眉間。

 首から下げられた三本の牙は、異様に黒く太い。

 鋭い眼光でしばらく、憔悴あきらかなカサを見つめ、ガタウは告げる。

「よし」

 みながガタウに注目する。

「休憩だ」

「ああ……!」

 若い集団から安堵の息がもれる。

 彼らも限界だったのだ。



 槍やら食料やらの荷物を地面におろし、一人用寝具のケレを日よけにかぶり、戦士たちがくつろいでいる。

 砂麒麟というサボテンから突き出た手足のような、子吹き、と呼ばれる部分をもぎり、しぼってあふれる水を急くように口に流し込んでいるのは、まだ若い戦士たちだ。

 カサは、膝を抱えかかとあたりの砂をじっと見下ろしている。

「お前のせいで、こんなところで休憩だ。わかってるのか?」

 ヤムナが言う。新人戦士の中で、彼だけがまだ余裕を見せている。

 カサはもう消えてしまいたかった。

――どうして自分はこんなところに来てしまったのだろう。

――どうしてこんな事になってしまったのだろう。

――もう、帰りたい。

 カサの心は、完全に折れてしまっている。

 もとより、負けん気の強い性質ではない。

 やがて

「行くぞ」

というガタウの地鳴りのような声が聞こえ、

「はい」

と返す長たちの声とともに、戦士たちが立ち上がった。

 歩き出したカサの前に、ブロナーが立つ。

「貸せ」

 そう言って、カサから重い水袋をひったくる。

「良かったなカサ、荷物を持ってもらえて」

 からかう声が少年の背を刺すが、カサは足元だけを見つめて歩く。

 空は、もう見ない。


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