狩り場

 カサの見た最初の獲物は、甲皮におおわれた四足獣、コウクヅというアリクイによく似た胴体の丸い動物である。

 長い鼻面で土を掘り返して、植物の根や、昆虫などを食べる。

 短い足に長い尾、体も太く鈍重に見えるが、動きだせば思っている以上に俊敏である。

 そのオスが一頭、斜面のくぼみに頭をすりつけている。

 甲虫か木の根といったエサを探しているのだろう、時々首をめぐらせて、天敵の存在を警戒している。

 その様子を、稜線ごしに戦士たちが見ている。

 上体を伏せ、獲物から見つからないようにして。

 首を上げて、木製の槍を低く逆手に持っているのは、いつでも飛び出せるようにしているのだろう。

 ブルルッ、四足獣の尾がふるえ、さっきまでより高いところで波うつ。

「見たか? コウクヅがエサを食い始める時には、必ずああやって尻尾をふるんだ。コウクヅは用心深いしすばしっこいが、エサを食い始めると一心に食う。周りを見なくなる。憶えておけ」

 同じ5人組のやや年配の戦士が、カサにささやく。

 ブロナーより少し年下の、ノイレルという男だ。体は小さく、膂力もさほどでは無いが、堅実で、狩りの経験十分の、古強者の一人である。

「ハ、ハイ……!」

 息をつめていたカサも、興奮した面持ちでうなずく。

 本物の狩りを見るのは、これが初めてなのだ。

「よし、こっちに尻を向けた。一番槍はネイドだ」

 ゴクリ、息を飲むカサ。

 ネイドは、ブロナーの隊でも最も背のたかい戦士だ。

 体格はやや痩せぎみで、ブロナーのような力強さはないが、足の速さは部族内でも五本指に入ると言われている。

 ネイドが片膝を立て、いつでも走りこめるよう、身を起こした。それからブロナーと目配せを交わす。

「ホッ!」

 おさえた掛け声とともに、ネイドがとび出す。

 蹴った地面が小さく砂けむりをあげ、大きな歩幅であっという間にコウクヅまでの数十歩の距離をうめた。

「ィヤアアア!」

 裂ぱくの気合い。獣牙の槍先が、ガシャッと音を立てて、角質化した厚い表皮を割る。

「ヤッ」

「イヤア!」

 つづく別の稜線からの二番槍、三番槍が、次々と獣をおそう。

 キイイッ、四足獣がほそい声をあげた。四肢をのたうって、突きたてられた槍から逃れようともがくが、たくましい男たちにグイグイと押さえつけられ、やがてグッタリと力尽きた。

 ズチュル、ぬれた音を立てて血まみれの槍先をぬく戦士たち。

 ここまで、ほんの一瞬のこと。

 この地の生物の生命力を知るものならば、この狩りがいかに鮮やかであったのかが判るだろう。

 身長の倍ほどの手作りの槍、彼らはこの粗末な武器ひとつでこの過酷な砂漠と戦う。

 息絶えたコウクヅが外皮を剥ぎ取られ、解体されてゆく様子を見つめながら、カサは狩りという極めて血なまぐさい行為に、すくみ上がってしまっている。

「大丈夫か」

 声をかけて来たのはもちろん、ブロナーだ。

「だい……大丈夫です……」

 青い顔でカサは答えたが、そこでコウクヅの破れた消化器官からはみ出した、未消化物のすっぱい臭いをかいでしまい、一気に嘔吐した。

「あうっえああうっ!」

 背中をふるわせて、胃の中身をはき出しつづけるカサ。

 その様子をそばで見ていた、カサと同じ五人組の、同じく新人のトナゴは、目をしかめた。

「おい! あっちに行ってやれ! これだからガキと同じ隊になんて、なりたくなかったんだ」

 ヤムナの取りまきの中でも、“腰紐抜け”と軽んじられている彼だが、自分より弱者には容赦がない。

 性根のいやしい男なのだろう。

「ああ臭え。こんな程度でで参ってんじゃ無えぞ。だいたい……」

 やけになめらかな悪態は、自身のおびえを隠すためだろう。

 ブロナーがカサの背をさすりながら一瞥してトナゴを黙らせる。

「はっ……はっ……はっ……」

 喘鳴するカサ。口の中の粘り気を、ぷっと吐きだす。

 吐く事に忙しく、トナゴの言葉など耳に届いていないようだ。

「落ちついたか」

「……はい」

「よし」

 ブロナーは、戦士たちの獲物の解体に加わりにいった。

 一人のこされたカサ。

 ブロナーの手が離れた背すじが寒々しく頼りない。

 ゴシゴシと、涙ににじんだ目もとをこする。

 その様子を、少し離れた所から、トナゴがねばっこい目で見つめていた。



 その昼の猟で、砂ギツネを一頭、コウクヅを三頭、そして槍や天幕の梁になりそうな木を十本ほど、彼らは集めた。

 木はヒノキ科、もしくはスギ科だろう、まっすぐ上に伸びた、木目の整った物ばかりである。

 森林を住居の近くにもたない彼らにとって、狩り場の木材は貴重な資源だ。

 やがてゆるやかに日が傾き、チリチリと肌を焦がすように緊張が高まってくる。

 まだ狩りは終わっていない。


 否、日が暮れてから本当の狩りが始まるのだ。

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