狩り場までの道程
戦士たちが邑を出て、五日がたった。
同じ砂漠といえど、周囲の風景に、やや変化が見られる。
細かい砂地だった足元に、砂利が混じりだす。
四方平坦だった地平線も、高低があらわれ始める。
干上がった河、急峻な断層線、緑や小動物も、ちらほら見え始める。
それまでずっと見えていた
急峻な崖を迂回し、毒液を吐くツノ蛇を追いはらい、戦士たちがその中を進んでゆく。
カサは、目を輝かせている。
冬営地と夏営地、そしてその道程。
それが、カサの世界のすべてだった。
この視野、我々の目には殺伐と見えるだろう。
けれどカサの目には、豊な生命宿る光景であった。
右手に見える岩山にかけ上がりたい衝動を、必死で押さえ込んでいる。
カサだけではない。今年入った若い戦士たちはみな、この風景に興奮している。
うずうずと落ち着かない様子のカサを見て、ブロナーも頬をゆるめる。あれからヤムナたちにいじめられた様子もない。ひと安心している。
実のところ、ブロナーが気にしていたのは、カサの機嫌の事だけではなかった。
末端といえどブロナーは指揮官だ。
自分を含めた五人組が、上手くやっていけているのかを常に気に懸けなければならない。
五人組の連携がわるく狩りが失敗し、犠牲が出たとなれば、責任はブロナーが取らなければならない。
天球はやがて、茜色になり紺が増し、東の空から夜につつまれてゆく。
戦士たちがその日の野営をはじめてしばらく。
カサは一人ぬけ出して、いろんなところを駆けめぐっていた。
尾根、谷、木々のすき間。
見渡す限りになにか、変化がある。
荷物を降ろしてしばらくは、大人たちの間をくるくると回っていたのだが、年配の戦士に、
「じっとしていろ」
と注意され、それならばと彼らの目の届かぬところまで足を伸ばした。
絶対に近づくな、と言われていたアリ塚を物見高く観察し、それから目を移した時である。
「あっ………」
小さな口からため息がもれた。
カサの見ているその先、少しはなれた稜線に、砂ギツネの親子の姿があった。
両者はしばらくの間、身じろぎ一つせずに対峙していたが、やがて親ギツネの方からくるりと踵をかえし、つづいて子ギツネも姿を消した。
――ほっ。
カサは息をついた。
そろそろ帰ろう、そう思い斜面をするするとすべり降りてゆく。
「ええ? 本当か?」
と、そんな声が耳にとどいた。
「嘘じゃない。信じろ」
あわてて物かげに身を隠すカサ。ヤムナたちの声である。
「ディもワゴもいいけど」
張り出したピレイ松の下、カサは息を押し殺した。話に出たデイとワゴは、邑の若い女の名だ。
「コールアがやっぱり最高だ」
「ヒエー!」
だれかが奇妙な声をあげる。
「最初はカタいふりしてたんだが、目を見ればわかるさ、これはいける」
「おーい、本当かよ!」
「まてよヤムナ、俺たちの分も残して置いてくれよ」
「結婚したらお前の子供だったなんて、冗談じゃねえよな」
おどけた口調に、みなどっと笑う。
彼らも集団から外れたところにいる。
年長の者の目をのがれて、ここで四方山話に花を咲かせているようだ。
物かげに隠れていたカサだが、内容の下世話さにだんだん居心地も悪くなる。
よく判らないが、彼らの口ぶりから、どうせいつもの悪口にちがいない。
立ち上がろうと身を起こすカサ。そっと動いたつもりだったが、踏ん張りそこねた右足が、ずるりと滑る。
「あっ」
思わずもれる声。
「だれだ?」
「おい!」
ヤムナたちが、騒然とする。
カサもあわてて立ち上がろうとするが、その前にヤムナたちに見つかってしまった。
「なんだカサかよ!」
「おどかすな!」
「ガキは寝てろ!」
いつもより一段ときつい口調で、口々にほえる。カサ相手に驚いたことを、恥ずかしく思ったのだろう。
「何だ? カサ。お前も聞きたいのかよ」
鼻にかけた口調で言うのは、ヤムナである。
「いいっ」
カサの声が、裏返る。
「いい、聞きたくない」
そう言って、さっさと逃げる。
「おい! まてよ!」
「カサ! このこと誰にも言うんじゃねえぞ!」
追いかけてくるから、カサは慌てて逃げる。
ブロナーの元に戻るとホッとして、焚き火の前膝を抱え、カサはうつらうつらし始めた。
遠目に地層の鮮やかな岩棚や谷が見え始めると、狩り場まではあと二日。
部族の唄では、そんな風に伝えられている。
ガタウは、隊列の先頭を歩きながら思案している。
新顔の戦士たちの一人。
頑健さが求められる戦士階級には例のない、歳若き一人の少年の事を。
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