第17話 これからのマスターは私


 翌朝、秋田家の庭には、スコップや鍬、園芸ポールや一輪車が並べられていて、私たちも全員軍手姿で集合。


「今日一日しかないから、やることは昨日話したとおり、予定通りにお願いね。まずは場所決めから始めましょうか」


 昨日から陣頭指揮をとるようになった萌恵さん。


「咲来ちゃん、あの木の横に立ってもらえる?」


「私でいいんですか?」


「咲来ちゃんは魔法使いではないから、逆にその方がいいわ。春奈ちゃんはお部屋の窓のところから、咲来ちゃんを木だと思って、これまでと変わらないように見える場所を教えて?」


 春奈ちゃんが頷いて、部屋の窓のところに走って行く。


「咲来ちゃんは、そうねぇ……。あまり近いと今の根っこに当たっちゃうから、二メートルくらいは横に動いてもらえる?」


 春奈ちゃんと咲来ちゃんが声を掛け合って、これまでとそれほど大きく見え方が変わらない場所を確かめ合う。


「そこなら私も安心です」


「ありがとう。ここにポールを打ち込んで? そして、男の子はここの土を柔らかく掘り返して? 夏帆ちゃんと冬馬くん、ここの場所は掘り返しても大丈夫?」


「この場所なら何にもありません。大丈夫です。土に混ぜる肥料と腐葉土は用意しておきました」


 お父さんと啓介さんがその場所に鍬を振り下ろして芝生に穴をあける。あとは高校生チームの出番だ。


「じゃぁ、向こうはお願いしておくとして、私たちは今の木の方の作業に入りましょう。こっちは魔法使いの出番だから、海斗くんと風花ちゃんはこっちにきてくれる?」


 私たち二人にお母さんと春奈ちゃんも集まってくれた。


「昨日も言ったけど、こっちの太い幹の方はもう長く持たない。だけどほら、こっちに新しい芽が出ているのが分かる? この芽の方に木の力を乗せ換えて、今掘っているところに植えてあげましょう? そうすれば春奈ちゃんもこの木も寂しくない」


 昨夜、枯れた木は危ないから切った方がいいという意見に半泣きで嫌がった春奈ちゃん。もちろんそれは萌恵さんも理解していた。


「春奈ちゃん、私と一緒にこっちの太い方に左手を当ててくれる?」


「はい」


「瞳海ちゃん、春奈ちゃんと手をつないで、あの言葉を春奈ちゃんに伝えて? 春奈ちゃんはその言葉を木に話しかけるの。私は全体の流れを見ているから。じゃぁ始めるよ? 風花ちゃんと海斗くんは、この新芽の根元を傷つけないように掘っておいてくれる」


 全員が準備で来たところで、魔法と園芸作業の共同作業だ。


「私は春奈。これまでのお礼と、新しい芽に移ってこれからも私を見守ってください。私がこれからのマスターになります」


「いいわ。ちゃんと反応している。続けて」


「新芽に移ったら、これまでの体と切り離して? あなたを傷つけたくない」


 春奈ちゃんがそこまで言った瞬間、私たちが掘った根元のところで「ピシッ」と音がした。


「OK。これで終わりよ。春奈ちゃんを今度はこの芽の方が見続けてくれる。もう古い本体の方からは離れたから、周りの土と一緒に新しい場所に植えてあげて」


 まさかと思って根元を掘ってみると、さっきの音はこれだったのかと分かるように、新芽の根と古い根がきれいに分かれている。この作業を普通の園芸屋さんにお願いするのは大変なのに。


「そっちはどう?」


「先輩、もう大丈夫です」


 夏帆さんの答えに頷いて、海斗くんと二人で新芽の若木を持って丁寧に植え替える。そのポールを三方向から若木に麻ひもで縛りつけて風に負けないように支えて作業は終了。


「春奈ちゃん、しばらくの間はこの園芸ポールで支えるから、ほどけないように見てあげてね。お水と肥料をあげながら話しかけてあげれば根付いてくれるから。ゆすっても根元が動かなくなったら移植成功よ。瞳海ちゃん準備はできてる?」


「もちろんです」


 お母さんが、茶色く染め上げた夢砂を持ってきた。


「ちょっとズルしちゃって、夢砂に木の栄養になるものを仕込んでおくから、一か月もしないしないうちに葉を出してくれると思うわ」


 庭に穴を掘っていたメンバーは疲れたのか、日陰で麦茶を飲んでいる。


「どうだぁ? 終わったかぁ?」


「ほとんどね。みんな、この桜の花は今年で最後よ。ちゃんと見納めしてあげましょう」


 萌恵さんが老木の枝を見る。恐らく数日で花もすべて散り、枯れてしまうとのことだ。


「もったいないな。これまで春奈を見てくれていたというのに」


「それなら、この木で何か作りませんか? ゴールデンウィークにまた来ます!」


 それまで 事の成り行きを見ていた咲来ちゃんがアイディアを出す。


「じゃぁ、知り合いの材木屋さんに聞いておくよ。板にしておけばいいかな?」


「はい!」


「春奈ちゃん、これ、急いで作ったものだけど、まだ若木の力が弱いから、それまでの間、苦しかったら使ってみて。気持ちを落ち着けたり元気を出したりするには使えると思う」


 みんなで帰る直前、お母さんはさっきとは違う桃色……いや桜色に染めた夢砂を春香ちゃんに渡したんだ。

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