第15話 症状と原因と夢砂


 喫茶コーナーと言っても、やはりこのミュージアムの中にあるから、あちこちの座席にはクマのぬいぐるみが座っている。


 みんなで、シフォンケーキやパンケーキ、マフィンやプリンと飲み物を頼んで、ようやく一息ついた感じだ。


「さて、春奈ちゃんには問題の不調というのを話してもらえるかしら。声に出すのがきつければ、瞳海ちゃんの手を握ってもらえばそれでもいいわ」


「いえ……、皆さんなのでちゃんとお話しします。この半年くらいから、症状はその時によってバラバラなんですけれど、体のあちこちが変になってきたんです」


「変になってきたって、具体的に話せる?」


「はい。突然足がしびれて転んでしまったり、運動も何もしていないのに腕が上がらなくなったり、動悸が激しくなったり、目が霞んで見えにくくなるなんてこともありました。そのたびにお医者さんに行って検査はしてもらうんですけど、結局原因不明で……」


 私たちは顔を見合わせる。症状が一定のものでなければお医者さんにも原因を突き止めることは難しいと思う。春奈ちゃんの話では、そんな症状も早くて数時間、遅くても翌日には元通りになると言うじゃない。


「ありがとう。それで夏帆ちゃんが私たちを呼んだってことね」


「はい。先輩たちならなんとかできるかもしれないと。同じようなことを萌恵先輩は経験しているからとも言ってました」


 突然体が動かなくなったり、目が見えなくなるなんて春奈ちゃんも怖かったと思う。一方で名前が出てきた萌恵さんとお母さんは、うなずき合っていた。


「春奈ちゃん、瞳海ちゃんと手を繋いでくれる? その時に無理に何かを考えなくてもいいわ」


「はい」


「じゃあ、始めてみて?」


 お母さんは春奈ちゃんの横に移動して、そっと手を繋ぐ。そう、これでお母さんは春奈ちゃんと心のなかで会話ができる。


「そうねぇ、春奈ちゃん自身にはそういう原因はなさそう……。え、でもちょっと待って……」


 お母さんは眉をひそめて、口も閉じる。


「……そういうことか……。萌恵先輩、わたしと手を握ってもらってもいいですか?」


 お母さんたち三人が無言で手を繋いでいるのを私たちは無言で見ていることしか出来なかったけれど、この様子だとなにかの原因が見つかったってことらしい。


「うん、間違いないと思う。大丈夫よ春奈ちゃん。ちゃんと処置をすればそういう不具合もなくなるわ。私たちがいるところではこれ以上のこともないでしょう」


 この数分間だけで、お母さんと萌恵さんは春奈ちゃんの不調の原因を突き止めたってことなの?


 この二人の顔を見ると、間違いなさそうだし。


「夏帆ちゃんもよく気づいて当てたものね。これは瞳海ちゃんがいなかったらこんなに早く探り当てられなかったよ」


「でも、わたしたちが明日帰ってしまったら、また、何をしてくるか分かりませんよ」


「そんなことはさせない。大丈夫よ」


 萌恵さんは、続けて春奈ちゃんに聞く。


「この辺で夢砂を扱っているお店は知ってる?」


「はい。この先の途中に雑貨を取り扱っているお店があります。そこに見たことあります。でも効能が入っているものだけだったと思いますよ?」


 夢砂とは、魔法使いでなくても、ちょっとしたことなら一般の人でも魔法を使えるようにするためのアイテムのこと。奏天さんが店長さんとしているこころ屋にもそれは人気商品として売っているし、それを作っているのはお母さんだ。


「じゃあそこに案内してくれる? ここに夢砂作りのプロがいるんだもん。材料さえあれば春奈ちゃんのお守りを作れるからから」


「は、はい。分かりました」


 みんなでのティータイムはそこで終わって、テディベアミュージアムを後にした。



 この通りには、小さな個人のお店も多いのだろう。


 ログハウス風の小さなお店に入っていく私たち。中は五人も入るといっぱいというところだろうね。


「こんにちは」


「いらっしゃいませ……。……えっ?」


 お店の若い女性は顔をこわばらせた。私でも分かる。萌恵さんの魔法力が強力に発せられていることを。


「ごめんなさいね。お願いがあって……。でも時間がないのと普通に話すだけでは信じていただけないと思って」


 力の放出を止めた萌恵さん。お母さんたちも萌恵さんは最強クラスの魔法使いと認めるくらいだから、その力は十分に分かっただろう。


「夢砂のまだ力を込めていないものを頂きたいのだけど、在庫をお持ちかしら?」


 単刀直入に切り込むには魔法使い同士の方が話も早い。


「どのくらいでしょう? あまり多くは置いていないので……」


「瞳海ちゃん?」


「この小びんでニ、三本分あれば大丈夫です」


「分かりました。お分けできますよ」


 主人は店の奥から無色透明の粒を袋に入れて渡してくれた。


「ありがとうございます。突然の無礼を申し訳ありませんでした。この春奈ちゃんも時々来るそうなのでよろしくお願いしますね」


 お金を払って、帰りのバスに乗る。お母さんと萌恵さんは手を繋いで会話をしているようだった。

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