第9話 自称悪役、諦念する
「……なるほど。事情はわかった」
小川の傍で、石に座りながら、俺は辟易とした顔で言う。
「つまり、あいつらは王都騎士団じゃなく人さらい。そんで怪しまれないように魔獣狩りをしつつ、お前を連れて逃げようとしてたってわけだな」
「そう! そういうことなの!」
彼女、シルフィは明るい笑顔を何度も頷かせる。
「つまり君は、あたしのヒーロー! 命の恩人ってわけ! ほんとうに、何度感謝してもしきれないよ! ありがとありがと! このお礼は、必ずするわ!」
彼女は言いながら、俺の手を取ってブンブン振った。活発な小動物みたいだった。
俺は彼女の手を振り払うと、頭を抱えた。
混乱していた。いまだに現実が飲み込めていない。だが、一つだけ確かなことは、
やらかした、ということだ。
誘拐された貴族の令嬢を助ける。それ自体は素晴らしいことだ。賞賛されてしかるべき行為だし、自分が善行を積んだことを喜ぶべきことだろう。だがそれは、あくまで一般人なら、という注釈付だ。悪役を目指す俺にとっては、まさしくやってはいけない行為である。
悪役は人を助けたりなんかしない。偶然誰かを助け、その人物に感謝されるなんて、主人公のすることだ。俺は、それを無自覚とはいえやってしまったのである。
「こ、こんなのシルバじゃない。悪役じゃない……ど、どうしよう……」
「……? どうしたの?」
ここからどうすれば悪役としての威厳を取り戻せるだろう。必死に頭を回転させる。
というか、考えるべきは、ここからどう失敗を挽回していくかだ。これ以上事態が悪い方向に進まないように、俺は行動しなければならない。すなわち――。
「おいクソブス。勘違いするな」
俺は彼女を睨みながら言う。
「俺は別に、お前を助けたわけじゃない。俺の目的は魔石だった。だから、お前に感謝される謂れはないし、お前に懐かれる理由もない。俺の前から失せろ。お前のドブみたいな顔を見てると、吐き気がしそうだぜ」
シルフィは茫然と目を瞬かせていた。
これでいい。とにかく、こいつにこれ以上懐かれるのはまずい。こいつがあまつさえ俺に好意を抱き、帰ってから俺のやったことを吹聴すれば、悪役として致命的な風評被害が吐きかねない。とにかくいまやるべき事は、こいつに嫌われることだ。そうすれば――。
「お礼を断るために、わざとあたしに嫌われようとしてるのね!」
だが、彼女は感動した様子で口元に手をやっていた。
「なんて高潔なひとなの! 君って、本当にいい人なのね!!」
「いや、あの……」
「感動したわ! そして、決めた! あいつらから逃げ切ったら、君を、絶対あたしの屋敷に招待する! それで、父上からたっぷりお礼を貰えるように取り計らうから!!」
終わった。俺はがっくりと項垂れる。こいつ、バカだ。
バカに何を言っても通用しない。動物に人語で語りかけるようなものだ。
もうこいつのことは一旦おいておこう。それよりも――。
俺は無言で立ち上がり、背後に停まった馬車の方へ行く。馬は痩せた姿に戻っていた。荷台の前に立つと、山積された魔獣の死体を見た。そして俺は、その一体から、ルビーのように輝く魔石を手に取った。
ようやく手に入れた。俺は笑みを広げる。しかも高いレアリティが出やすい、大型の魔獣の魔石である。
「……あ! 追ってくる連中と戦う為に、魔石を使うのね! なんて聡明なお方!」
彼女を無視して、俺は舌なめずりをする。
さて、お楽しみの、ガチャの時間だ。
俺は魔石を飲み下した。その後で、ステータスを表示する。
魔法のレベルを表示した画面の下に、【取得スキル一覧】という欄ができていた。
そこに、【物理攻撃力アップ(中)】という文字があった。
これで、武術の攻撃力が上昇したはずだ。結構重宝するスキルではあるのだが、今欲しいものではない。あくまでも狙いは、【取得経験値アップ(特大)】。三十倍の速さでレベルアップ出来る魔石である。
「まぁいい。魔石はまだまだある」
俺は新しい魔石を手に取ると、それを嚥下し、ステータスを確認する。それを繰り返した。
気がつくと、俺のステータスはこんなことになっていた。
【取得スキル一覧】
・物理攻撃力アップ(特大)
・物理防御アップ(特大)
・魔法攻撃力アップ(中)
・魔法防御力アップ(特大)
・移動速度上昇(特大)
・幸運(大)
・魔獣エンカウント率上昇(大)
「おい! 全然でねぇじゃねぇか! クソ台かよ!!」
「な、何が――?」
地団駄を踏んだ後で、爪を噛む。
かれこれ十数個の魔石を飲んだが、目当ての効果はまったく手に入らなかった。おかしい。よりレアリティの高い幸運や、魔獣エンカウント率上昇とかいうバッドステータスはついてるのに。これ操作されてるんじゃないのか?
このステータスでは、追ってくる頭目に勝てるかは怪しい……というより、まず負ける。いくら攻撃力や防御力が高まっても、素のステータスを底上げできないと勝負にならない。だからこそ、取得経験値アップは確実に必要なのだが――。
「これが最後の一個か……」
俺は最後の魔石を見おろし、呟く。祈るように両手を合せた。
もうここで引くしかない。一個しかないから魔石の重ねがけによる効果の上昇は期待できない。つまりここで、【取得経験値アップ(特大)】を引くしかないのだ。
「頼む。マジで来てくれ」
そして、俺はそれを飲み下し、ステータスを見て、
「……は?」
と呟いた。
なぜならそこに、【取得経験値アップ(特大)】の文字はなかったからだ。
「「「ファイアアロー!!!」」」
そして同時に、空から無数の炎の矢が降ってきた。それは俺の傍にある地面に突き刺さる、爆発を起こし、俺の体を吹き飛ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます