第6話 自称悪役、問答する
他の騎士達も俺を睨みながら剣を抜く。馬車に乗っていた者も、下馬して抜刀した。
数は全部で八人。俺を扇状に取り囲んでいる。
彼我影に隠れた。森が鬱蒼と暗くなる。同時に、彼らの視線から威圧感を覚えた。全員、かなりの手練れと見える。
「手を出すな。俺一人で十分だ」
大男の騎士は俺に切っ先を向けながら言う。奴がどうやら頭目らしい。
「小僧。引き返すなら今だぞ」
彼は言いながら、自らの傍に水の龍を二体作り出した。それは彼の周囲を踊る、まるでドリルで貫いたかのように、傍にあった大木を削り取る。というより、あの逆巻く水流そのものがドリルの原理をしているのだろう。食らったら、まず重傷は免れない。
「貴様が虚勢を張っているのは分かっている」
頭目は言いながら俺の方へ近づいてくる。俺は額に汗が滲むのを感じながら一歩退いた。
「その炎の質を見れば分かる。炎魔法特化型。だが、まだまだ発展は序の口と言ったところだろう。十年間水流魔法を極めてきた俺に敵うはずがない。違うか?」
「さぁ、どうだか?」
俺は腰を落としながら笑う。
「あんたの目が腐ってるってことも、あるんじゃないか?」
「ほう……?」
両者の間に沈黙が走る。それを裂きに破ったのは俺の方だった。
「ファイアボール!」
俺は言いながら火球を放つ。それは真っ直ぐ頭目の方へ突っ込むと、
その身に傷一つつけることなく、水の龍に、簡単に阻まれてしまった。
「フレアボール! フレアバースト!!」
他の攻撃も同じ。すべて水龍の鎧に食われてしまう。俺は口元を引きつらせる。
「……なぜこの力量差で挑んできたのかわからない」
頭目が刺突の構えを取った。刃が纏う水流が、ギュルル、と螺旋を描く。
「水流魔法剣。ハイドロストライク」
彼が剣を突き出した瞬間。太い水の槍が、回転しながらこちらへ飛んできた。
「――!!!」
俺はあわてて身を躱す。だが、それは俺の脇腹と、左足を掠めた。水流に当てられ、不肖部分の皮膚が抉れる。弾ける血液。だがそれすらも巻込んで、水の槍は地面を穿ちながら進むと、俺の背後にあるご神木のような巨大な木に、大きな風穴を開けた。
メキメキメキッ!
木折れ、着地と共に地鳴りを起こす。それを聞いて鳥が飛んだ。
「行け」
頭目の言葉と同時に、水の龍が飛んできて、俺の体を削った。腕と足を使って防御する。だが、龍は容赦なくその肉を削り取った。俺は、頭目の元へ帰って行く龍を見ながら、その場に崩れ落ちた。
いまの攻撃で、だいぶやられた。骨までえぐり取られた痛みで、右腕と左足が動かない。口元からも血が出ている。脇腹が熱い。内臓をやられたか。
……正直、想像以上だった。
レベル30。その力の差が、これほどのものとは。
さて、結論を言おう。
頭目の指摘は、大正解である。
奴が使っている魔法は、スプラッシュドラゴン。水流魔法レベル30に届いて初めて使用できる防御魔法だ。レベル30とは、俺が目標とする数値。奴はいわば、俺の理想とする域に到達している人間といえる。そんなわけで、奴と俺の間には天と地ほどの力の差がある。
まぁ、大型魔獣を倒している時点で、その差自体は明白なのだが。
「馬鹿な奴だ。未熟な者は彼我の絶対的な力の差に気付かない」
再びハイドロストライクの構えを取る。足がうまく動かない。次は避けられないだろう。
「これでわかっただろう。もうお前に勝ち目はない。さっさと失せろ」
そう。確かに、力量差は歴然。誰が見ても勝敗は明らか。
だが、それでも――。
「勝機はあるさ。てめぇをぶっ倒す勝機はな」
だが、俺は退かなかった。脂汗の滲む顔で笑ってみせる。
「俺にだって勝ちの目はある。俺は絶対に退かない。諦めない」
頭目は俺の目を見て眉を寄せる。
「……なんだ、貴様は。なぜそんな真っ直ぐな目をしている」
俺は、彼の瞳に映った自分の目を見る。確かに、真っ直ぐ澄んだ目だった。
「お前がやっているのは、ただのこそ泥と同じだ。そして、そういう悪事に身を染める奴は、たいていの場合軽薄で、少し恐怖を覚えるだけで去って行く。力量差を知れば、もう立ち向かっては来ない。逃げて、次の悪事に手を染めようとする」
なのに――と彼は怪訝に小首をかしげる。
「なのに、貴様はなんだ。何なんだ。その目は。なぜ、勇気ある善人のように動じない色をしている――?」
「なんでって? 当たり前だろ」
俺は荒い息をつき、手に炎を纏わせながら言う。
「俺には夢がある。悪役として幸せに暮らすって夢がな。そして、その夢を達成する為には、てめぇに勝つのが大前提なんだよ。だから、諦めない。恐怖も感じないし、逃げようとも思わない。それがきっと、てめぇの疑問の答えだろうよ」
「……夢」
頭目は呟く。そのあとで、肩をふるわせると、大声で笑い始めた。
「はっはっは! 何かと思えば! 夢だと!」
「……何がおかしいんだよ」
「馬鹿な奴だ。わからないなら言ってやろうか」
彼は目を見開き、笑みを作る。
「悪党に、夢を見る資格などない!」
俺は眉を寄せて彼を見る。
「あると思うか? 自分のやっていることを振り返ってみろ。ただ他人の成果をかすめ取り、楽をしようとしている自分の姿を。こそ泥の、悪人め。そんな怠惰な人間が高尚にも夢を語る。これがお笑いでなくていったいなんだ」
他の騎士もニヤニヤ笑っていた。
「いいか。夢ってのは、楽をしない奴しか語っちゃいけないものなんだよ。努力に努力を重ね、途中で妥協することなく、ただ目標に向かって駆け抜ける奴だけが口にしていい言葉なんだ。それをお前なんかが――」
彼は歯ぎしりし、水の龍を俺に放った
「ちゃんちゃらおかしいんだよ!」
俺は腕をクロスさせて防御する。俺は眉間の皺を深めて頭目を見る。
「怠惰な悪党に、悪人に夢を語る資格なし! それがこの世界の常識だ! そういうものなんだよ! そういうもので、だから、私は――」
「何をムキになってるのか知らないけど、お前、馬鹿か?」
俺は腕の間から彼を見て言う。
「怠惰な奴だって夢を見ていいに決まってんだろ」
頭目が眉を顰める。俺は歯を食いしばって足を踏み出す。
「俺も昔はそうだったよ。頑張る奴が偉いって思ってた。手を抜かない奴が偉いって思ってた。怠惰な奴は軽んじられるべきで、頑張ってる奴が一番偉いって。だけど、だけどな――」
脳裏に蘇る。前世の記憶が。
認知症の母に殴られる自分。疲労困憊のなか、資格の勉強をしていた自分の姿。
泣きながら問題用紙に向き合うことをやめた、自分の姿が。
「そんなもの、ただのクソだったぜ」
「何を言って――」
俺は、もうそうなりたくない。
「確かに俺は悪役さ。楽して人の物をかすめ取ろうとしてるクソ野郎だろうよ。だが、それがどうした。俺は幸せになる。悪党として幸福に生きる。その目標だけは絶対に譲らねぇ。そしてそのために俺は――」
手の光が強くなる。俺は真っ直ぐ頭目を見た。
「楽できる部分があるってんなら、手を抜いて抜いて、抜きまくってやるぜ!! なぜなら、偉いのは努力する奴じゃねぇ! 手を抜いて、自分を甘やかしながら、最後まで走り抜ける奴の事なんだからな!!」
そう。それこそ、
俺の憧れの人の姿だったから。
魔王になってでも目標に向かって駆け抜ける、あの男の姿だったから。
「てなわけで、身勝手な動機で申し訳ねぇけどなぁ! 絶対お前をぶっ倒す!! そんで楽して大量に魔石ゲットして! 俺はガンガンレベルアップするぜぇ!」
俺は水の龍を払い、頭目の方へ駆け出した。
「ファイアボム!」
そして、足下に手をつき、そこに最後の魔法――地雷魔法、ファイアボムを設置した。
だが、それは普通の地雷としては機能しないものだった。なぜなら地雷とは、どこにあるのか分からないから効力を発揮するもの。故に、見えている地雷に頭目が嵌まるはずもない。嵌まるはずもないので――、
俺は、自らの足でその地雷を踏み抜いた。
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