第5話 自称悪役、挑戦する
「フレアボール!」
その声と同時に、俺の掌から火球が放たれた。
それは木々の間を真っ直ぐ進むと、こちらに牙を向けていたゼラチン状のヘビに直撃し、爆発した。ヘビはじゅうじゅうと音を立てて蒸発する。俺はそこに歩み寄ると、
「お、ラッキー。魔石を持ってるな」
と、亡骸から水色の石、魔石を取り出した。
「はぁ、しかしまったく」
俺は汗を拭い、背後を振り返る。
「何体倒せば良いんだよって話だよなぁ」
そこには、小さな魔獣の焼死体が腰の高さまで積み上がっていた。すべて、俺が始末した魔獣達である。溜息を吐いた。
「喉渇いたな。水場に行くか」
俺は魔石と、今晩の食糧であるホーンラビットを一匹手に取り、夕暮れの木漏れ日が差す森を歩きだした。
家を出て、魔獣の住処である森に居着いてから、一週間が経った。
最初こそ寝どころや食糧の確保に苦戦したが、慣れてくるとそれほど困らなかった。洞穴を見付ければ雨風はしのげるし、炎も好きに起こせる。魔獣を倒して肉を焼けば、腹を満たすことだって出来た。ナイフを屋敷から拝借してきたのも大きいだろう。
「ふぅ」
少し歩くと、開けた泉に出た。俺は水辺に歩み寄ると、そこで魔石を洗う。
「しかし、痩せたなぁ。俺」
原始的な生活を送っているからだろうか。水面に映った自分の顔を確認すると、豚のようだった俺の体は一気にスリムになっていた。こうしてみると、シルバの外見は案外悪くない。むしろ美少年に分類されるのではないかと思える。
艶のある金髪。少しつり上がった切れ目。意志の強そうな眉。全体的に色気のある顔立ちだ。顔は土に汚れ、服はボロボロだが、それでも気品漂う表情をしている。
「まぁ、顔なんかどうでもいいけど。問題はこっちだよなぁ」
俺は言いながら、魔石を紫色の空にかざす。アメジストのような石だった。
「良いのが出ますように」
俺は言いながら、それを口に含み、飲み下した。
「……ステータス、オープン」
シルバ・ノーマンクライ(17)
剣術 Lv:0
槍術 Lv:0
弓術 Lv:0
火炎魔法 Lv:5
水流魔法 Lv:0
雷電魔法 Lv:0
土石魔法 Lv:0
スキル
・魔法攻撃力アップ(小)
・物理防御アップ(小)
・移動速度アップ(中)
魔獣と戦う際、頻繁に使用しているため、火炎魔法のレベルは上がっている。微々たるものではあるが。ただ、重要なのはそこではない。
「魔法攻撃力アップか。嬉しくはあるけど、欲しいものじゃないな」
あれから数十匹の魔獣を狩ったが、魔石は三つしか出ていない。まぁ元々、魔石のドロップ確率は低いものだ。ただ、こうも目当てのものに届かないと、少々不安になってくる。
「本当に経験値系の魔石、手に入るのかなぁ……」
そこで、影が差した。木陰に素早く後退し、顔を上げる。見ると、冷気を吐き出す巨大な怪鳥、ブリザードウィングが空を舞っていた。どうやらこっちには気付いていないらしい。俺はほっと息を吐く。
「あぁいうデカいのも狩れれば、魔石がいっぱい集められそうなもんなんだけどな」
基本的に、レアリティの高い魔石は、強敵の方がドロップしやすい。だが、今の俺では彼らに太刀打ちが出来ないため、小さい魔獣を倒し、確率の低いガチャを回し続ける他になかった。
「――……そう。確率、低いんだよなぁ。はぁ……」
がっくりと項垂れた。
これからあと何百匹雑魚魔獣を狩れば良いのやら。いざやってみると、気が遠くなってくる。
これではまるで、前世と同じだ。
終わるとも知れない仕事に押しつぶされていた、あのときの自分と――。
「……やめた!」
だから俺は、頬を叩いて、宣言するように言った。
「俺は悪役。シルバ・ノーマンクライだ。彼なら、こんな面倒なことはしない。もっとでっかく、楽な方法をとるはず! というわけで、プランBでいこう!」
では、プランBとは何か。どのようにして、煩雑な業務を一気に終わらせるのか。
簡単だ。自分が倒す事なく、魔石を手に入れれば良い。それも、一気に複数の魔石が手に入れば、なお都合がいい。
そして俺は、労力を割かず、まとめて魔石を手に入れられる方法を知っていた。
「ステータス、オープン」
シルバ・ノーマンクライ(17)
剣術 Lv:0
槍術 Lv:0
弓術 Lv:0
火炎魔法 Lv:5
水流魔法 Lv:0
雷電魔法 Lv:0
土石魔法 Lv:0
火炎魔法の欄を見ると、レベルは5に上がっていた。あれから数千回は火炎魔法を放っているというのに、やはり微々たる上昇しかしていない。
「習得魔法一覧表示」
俺は呟いた。すると、新しいタブが現れた。
・ファイアボール
・フレアボール
・フレアバースト
・ファイアボム
これは、俺がいま使える魔法の一覧である。ご覧の通り、最初のファイアボールから三つしか増えていない。
だが、プランBに必要な魔法は揃っている。
「これならまぁ、なんとかなるだろ。よし。あそこへ行こう」
俺は言いながら、森を歩き出す。しばらく歩いてたどり着いたのは、森を一望出来る高台の崖だった。俺は眼下を見ながら、スクワットを始めた。
やっているのは、森の監視である。
眼下の森を眺め、俺は何か不審なものがいないかをチェックする。待ち時間に運動をしながら、ただじっと見ていた。
否、見ていたというよりは、待っていた、と言う方が正しい。
目当ての人間。その集団が現れるのを、じっと待っていた。
じっと。ただ、じっと――……。
「――お」
数時間が過ぎたところで、俺はスクワットを辞めた。
見ると、木々の開けた場所を、キャラバンが歩いていた。軽装の鎧に剣を持って、明らかに戦いに来た様子の彼らは、魔獣と戦闘をしていた。そして、魔獣を倒すと、その死体から、光る石を取り出していた。
「思ったより早く来たな。騎士共」
そう。あれは魔獣を狩りに来た王都の騎士達である。魔獣の数が増えすぎると王都まで出てくる可能性があるため、彼らはこうして時折、魔獣を間引きにやってくるのだ。
そして、あれこそ俺の待っていたもの。魔石をいっぺんに手に入れる方法。
「さぁ。行くぜ」
俺は笑みを広げ、彼らめがけて崖を飛び降りた。
十数メートルはあろうかという高さを落下する。地面が急速に迫ってくる。
「フレアバースト!」
そこで俺は、地面へ魔法を放った。炎の光線が苔を焼き、落下速度を軽減する。そうして俺は、地面に尻餅をつく形で着地した。
「いてて……やっぱ、まだ上手くいかないな」
顔を上げる。キャラバンの先頭。強面の大男が俺を睨んでいた。
俺はそちらを見る。彼の足下には中型の魔獣が倒れていた、彼の背後に視線を向けると、馬車の荷台には、ブリザードウィングほどではないものの、強力な大型の魔獣の死体が積まれていた。
大漁の魔石が、日の光を浴びて輝いている。
俺はそれを見て舌なめずりをした。
「貴様、何だ。何者だ?」
「なぁオッサン。悪役が苦労する姿って、想像できるか?」
「なに?」
「生真面目に何かを手に入れる為に危険を冒したり、それでも何かが手に入らなくて悶々としたり。そういうこと、すると思う? 何かを手に入れる為に必死になってる悪役の姿、想像できるか?」
俺は立ち上がりながら彼に笑いかける。
「俺は違うと思う。そういうのは主人公の姿だ。悪役ってのは、そうして苦労して手に入れた主人公の成果を横取りするもんだ。楽をして、自分の目当てのものを手に入れる。それが、正しい悪役ってやつだと思うんだよね。俺は」
男は黙って剣を握った。
「っていうわけで、質問に答えようか。俺は、廃品回収に来た。その死体、全部俺に譲ってくれよ」
少しの間、沈黙があった。強面の騎士は剣を抜いた。その剣には水が纏われていた。
「魔石狙いの密猟者か。無論、断る。魔獣の素材は王国の工業に活用され、魔石は騎士団の戦力強化に使われるものだ。無頼の輩の金稼ぎに使わせるつもりは毛頭ない」
「そういうことじゃないんだけどな。まぁいいや。だめだって言うんなら」
俺は拳に炎をたぎらせ、それを構えた。
「てめぇをぶっ倒して、力尽くで奪うまでさ」
そう。なぜならそれが、
「それが、悪役ってもんだからな」
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作者です。五話はいかがだったでしょうか。
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