第3話 自称悪役、決意する

 結論から言うと、魔法のレベルを上げる方法。それは【経験値】だった。


「【詳細ステータスオープン】」


 そういえばゲームでは詳細ステータスがあったな、と思い出した俺は、もしやと思い呟いてみた。すると、こんな画面が現れた。


 シルバ・ノーマンクライ(17)


 剣術 Lv:0

 素質:A 

 経験値:0

 次レベルまでに必要な経験値:1


 槍術 Lv:0

 素質:A 

 経験値:0

 次レベルまでに必要な経験値:1


 弓術 Lv:0

 素質:A 

 経験値:0

 次レベルまでに必要な経験値:1


 火炎魔法 Lv:0

 素質:S

 経験値:0

 次レベルまでに必要な経験値:1


 水流魔法 Lv:0

 素質:A 

 経験値:0

 次レベルまでに必要な経験値:1


 雷電魔法 Lv:0

 素質:A 

 経験値:0

 次レベルまでに必要な経験値:1


 土石魔法 Lv:0

 素質:A 

 経験値:0

 次レベルまでに必要な経験値:1


 ダイニングルームで見たものよりも色々書かれているそれは、俺がゲーム凪いで見た詳細ステータスと同じものだった。そして俺は、【必要経験値】の欄を見て、これまたゲームと同様、魔法レベルを上げるには、魔法経験値が必要であるということを理解した。


 魔法経験値。それは、魔法を反復して使用すると得られる経験値のことである。


 火炎魔法を繰り返し使えば火炎魔法の経験値が得られるし、水流魔法を使えば水流魔法の経験値が手に入る。そして経験値が一定の値になると、魔法レベルが上がる。魔法レベルが上がれば、魔法の威力も上昇する、という算段である。


 従って、俺が魔法レベルを上げるためには、魔法を使いまくる必要がある。


 そんなわけで、俺は、夕暮れの赤光が差し込む屋敷の修練室でいま、魔法の練習をしていた。


「ファイアボール! ファイアボール!」


 コンクリートで覆われた部屋。そこで俺は、何度も火球を壁に向かって放つ。火球は壁に当たると、小さな焦げ痕を残して消えた。


「はぁ……はぁ……」


 俺は噴き出す汗を拭いながら開きっぱなしのステータスを見る。


「全然上がらねぇな、レベル……」


 魔法の使い方を習得してから、かれこれ三時間。ファイアボールを百発は撃っているが、レベルは2しか上がっていなかった。


「……いつになったら、火炎魔法レベル30に届くんだろうな……」


 目標は、魔法オール10レベルの主人公を倒す事。本来ならそれを超えるため、同じくすべての魔法をレベル上げするのが基本だが、こちらにはその暇はない。だから、どれか一つを極めるのが俺のやるべきことだった。そのうえで主人公の魔法を上回るために必要とされるのが、レベル30という閾値である。そこまでいけばその魔法を極めたといっても過言ではない。十分主人公に対抗できるではあるのだが……。


「魔法がすぐ使えるようになったのは良かったけど……これ間に合うのか?」


 魔法の習得自体は簡単にできた。それはおそらく、俺自身がこの世界における魔法の起こりを理解している事に加え、シルバにそれなりの才覚があったからだと言えるだろう。詳細ステータスに記されている、才能Sや、Aという表記。これは、その分野における天才に値する域であることを示している。普通はC位で優秀な部類にあたるからだ。この才能は最大レベルに影響するもので、Sなら100、Aなら80まで上がる。Cがだいたい50なので、その差を考えれば、その天才性は一目瞭然と言えるだろう。


 そういう才能的な助けもあってか、俺は、まず体内で渦巻く魔力の流れを知覚することに成功した。そこから流れを操作し、掌に集め、火炎の形を想像しながら放つ。すると、先ほど撃っていたファイアボールがでるようになったのだ。


 要するに、瞑想によって自らの核を掴む作業に似ていた。前世で、疲れたときにやっていたアレである。大した効果はなかったが。


 ただ、魔力とは自らの中にあるエネルギー。いわゆる体力のようなものだ。長い時間走り続ければ疲労が溜まってくるのと同様に、魔力も使い続ければ疲れを覚えるようになる。俺がいまぜぇぜぇ息を切らしているのはそのためだった。とても辛い。もはや、膝に手を置かないと立っていられないレベルだった。


 だが、それだけやっても、レベルは微々たる上昇しかしない。これで一月後の決闘に間に合うかと問われれば、疑問は拭えなかった。


「となると、やり方を変える必要があるな」


 俺はタオルを口元に当てながら呟く。


「ただ経験値を積むだけじゃダメだ。となれば、方法は一つ」


 俺はタオルを捨てて呟く。


「魔石の獲得を狙うしかない」


 魔石。


 それは、このゲームにおける体術、魔法術に並ぶ三つ目のスキルである。


 攻撃力アップ(小)をはじめとした、いわゆる恒常的なバフを与える石のことで、プレイヤーはこれを駆使しながら戦闘をするのが定石である。そういった魔石の中には、経験値の効率化がもたらされるものもあり、当然ながら多くのプレイヤーがこれを重宝することになった。


「取得経験値アップの魔石を手に入れられれば、目標レベルに到達することができる。それに、剣術のレベル上昇にも使えるしな。問題は、魔石が魔獣からしか取れないことか」


 魔獣とはこの世界におけるモンスターのようなものだ。彼らは魔法を使う獣であり、そのエネルギー源として皆魔石を持っている。魔石の採取はそこから行う。どの敵からどの魔石が得られるかはランダムであり、ガチャのようなシステムになっている。


「取得経験値アップなんかの希少な魔石は市場にほとんど出回らない。となると、俺がやるべきことはただひとつ――」

「失礼します。坊ちゃま」


 振り返る。メイドが頭を下げていた。


「なんだ。いま忙しい」

「失礼しました。しかし、お館様から言づてを預かっております」

「……なんだ。言え」

「鍛錬を積むのは感心である。だが、明日からの見合い旅行に備え、今日は早く寝るように、とのことです」

「……見合い旅行?」

「覚えていらっしゃいませんか。ベティバール家のご令嬢と、お坊ちゃまは、明日から一週間ご旅行に出かけることになっています。婚約者同士の水入らずの旅です」


 そういえば、そんなこともあったな。


 リリー・ベティバール。伯爵家十六歳の令嬢。大人しそうな顔の少女で、俺の許嫁でもある。といっても、父親が勝手に決めた縁組みではあるが。まぁ、ベティバール家は鉱山をいくつも所有する名家だ。家としても利がある。そう思ったのだろう。


 そいつと、貴重な一週間を、か……。


 俺は床を睨む。


「お坊ちゃま?」

「何でもない。すぐに寝るとクソ親父に伝えろ」

「畏まりました」


 メイドは言い、去って行った。


 俺はそれを見送ってから、窓に映る夕焼けを見る。


 そして、決意に拳を握った。


 よし。家出しよう。


――――――――――――――――――――――――――――――


 作者です。三話はいかがだったでしょうか。


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