第2話 自称悪役、計画する
さて、何よりもまず、計画を立てなければいけない。
青空の澄んだ秋の朝。屋敷の庭園をランニングしながら俺は考える。
俺の目標は、悪役として自分勝手に、幸せに暮らすこと。
通常なら何もしないでもそれは達成される。それほど公爵という地位は素晴らしい。
だが、俺には一つ、大きな障害がある。
それは、シナリオ上の主人公だ。
ランニングをやめ、汗を拭いながら屋敷に戻る。
「ど、どうぞ、坊ちゃま……」
玄関でタオルを手に待っていたメイドは、どこか茫然とした顔をしていた。そんな彼女に何の説明もせず、俺はタオルを受け取ると、それで汗を拭いた。そのまま、自室のシャワールームへ向かい、お湯を出すと、思案に戻る。
そう。主人公だ。あれが当面の問題となる。
原作上のシルバは、主人公に決闘で敗北してから破滅し、最後には永遠の牢獄に囚われることになる。当然ながら、それは俺の考える幸福とは対極の末路だ。故に、俺はそれを避けるべく行動をしなければならない。ではどのように行動すれば良いのか。
湯を止め、用意されたバスタオルで体を拭き、ジャージから私服へ着替える。
「簡単だ。決闘に勝てば良い」
階段を降り、ダイニングルームへ向かう。すれ違ったメイド達がヒソヒソ話をしていたが、無視して思考を巡らせる。
シルバの人生が決闘での敗北を契機に転落し始めたというなら、そのきっかけを潰せば良いのだ。そうすれば家も追い出されないし、魔王まがいの凶行をすることもないはずだ。
「おはよう。シルバ」
ダイニングルームに入ると、既に両親は長テーブルについて朝食を取っていた。上座にはひげ面の厳格そうな仏頂面の父。その右手に、どこか気弱そうな母が座っている。先ほど俺に挨拶をしてきたのは父の方だ。俺は下座に座ると、父へ向かって、
「うるせぇ」
と返し、食事を始めた。
シルバは両親に対して反抗的な子供である。というより、何事にも食ってかかるのが彼の性分だ。そんなことだから、家訓とはいえ決闘に負けただけで追い出されることになったのだろう。まぁ、シルバとしての生き方を変えるつもりは毛頭ないが。
「ね、ねぇ、シルバ。さっき、ランニングをしていたそうね……?」
母は案じるような顔で俺を見ていた。その手元を見ると、食事が進んでいない。
「急にどうしちゃったの? 何かあった? 運動するなんて珍しいわね――」
「……」
無視。いまは考え事の最中だ。
「ねぇ、もしかして体調が悪いとか、そういうことはないの?」
「……」
「もしそうなら、お医者様に……」
「ぐだぐだうっせぇんだよ! ババア!!」
俺は机を叩き、叫ぶ。母はびくりと肩をふるわせた。
「ただ痩せようと思っただけだ! それがお前になんか関係あるのか? あぁ!?」
その返答に、母親は目を瞬かせていた。ババア呼ばわりされて面食らっているのだろう。だが、謝らない。他人の顔色を窺うのはうんざりだ。
しかし爽快だ。俺は密かに微笑みながら思う。
他者のことを何も考えない言動。
人の事を思わないで良い状況。
その開放感の、なんと素晴らしい事だろう。
いいぞ。良い感じだ。
俺はいま、悪役を――憧れのシルバと同じことをやってる!!
実に気分が良い。ベーコンを口へ運びながら思う。
ただ、爽快な気分の中でも、しっかりと食べ物を噛むことを忘れてはいけない。早く飲み込めば消化に悪く、太ることに繋がる。そうなってしまってはランニングも無意味に終わろうというものだ。
そう。話を戻すが、俺が朝からランニングをして汗を流しているのは、母に言ったとおり、痩せる為である。そして、なぜ痩せるかと言えば、それが打倒主人公に必要なことだからだ。
決闘は、模造剣と魔法を使って行われる。すなわち、俺が主人公に勝つ為には、魔法と剣技、その両方を研鑽しないといけないのだ。ランニングを始めたのは、そのうちの剣技を上達させるべく、機敏に動ける体を作ろうと思い至ったからである。それも、ただ細いだけではない。栄養をしっかりとったうえで贅肉をそぎ落とした、彫像のような体を目指さなければいけない。
体術は、体という土台なくして上達しない。故に、長期的な展望を持って鍛錬を行う必要がある。まずは痩せて体を軽く、そして強くし、その上で剣技を習うのが順序であろう、というのが、俺の見解だった。
従って、先んじて鍛錬すべきは魔法の方である。さっきも言ったように、剣技に関してはひとまず体作りを行わなくてはならず、本格的な鍛錬は後々に回すしかないからだ。
そのため、【打倒主人公】を目標とした計画を端的に表すなら、
1:魔法で主人公を上回る
2:同時にシェイプアップを行い、体作り
3:剣技の腕を上達させる
4:主人公を倒して破滅を回避する
といった感じになる。
と、ここまで話せば、なんだか簡単そうに見えるものだが、実際はそうもいかない。
「【ステータスオープン】」
誰にも聞こえないように呟く。すると、俺の眼前に、半透明のスクリーンが現れた。そこには各項目に付随して、数字とランクが記されている。その内容はこんな感じだった。
シルバ・ノーマンクライ(17)
剣術 Lv:0
槍術 Lv:0
弓術 Lv:0
火炎魔法 Lv:0
水流魔法 Lv:0
雷電魔法 Lv:0
土石魔法 Lv:0
こいつが出てくることに気付いたのは昨晩のこと。寝る前に、「そういや転生ってこういうのがお決まりだよな」とふと思い出し、試しにやってみたのだ。そしたら、この画面が出てきた。ちなみに、他人に見えないことはメイドを使って実験済みである。
こいつが俺を示すステータスなのは一目瞭然。そして、その数値が圧倒的に低いことも一見してよくわかる。主人公のステータスは確かオールレベル10くらいだったはずなので、まぁ、天地の差があることは言うまでもない。
そしてその圧倒的な差を、主人公が転校してくる一月後までに埋めなければならないのだ。
……気が滅入る。
まぁしかし、泣き言を言っても始まらない。時間もないし、行動あるのみだ。
「ごちそうさま」
俺は言い、席を立った。ダイニングルームを後にする。
まずは、魔法の数値を上げる方法を調べなければ。
♢♢♢
「……残さず食べてる……」
シルバが去った後のダイニングルーム。そこで私は、空になっている息子の皿を見て、驚愕にフォークを落としていた。
普段のシルバなら、不味い不味いと言って料理を放るのが当たり前。野菜は残すし、食べ方も汚いのが当然のことだった。だというのに、今日のシルバはサラダもパンも綺麗に食べ終え、あまつさえ食後に、「ごちそうさま」と言っていた。
「ランニングも始めたみたいだし、何があったのかしら……」
それに、ランニングについて「痩せる為」と私に話していたが、そもそもシルバが私の問いかけに答えることなど、ここ数年あり得なかった。
シルバが会話してくれた。数年ぶりに息子と会話できた。
その事実を思うと、どこか胸が温かくなって、涙が目尻に滲んだ。
「あいつも、大人になってきたのだろう」
見ると、夫は言いながら食事を続けていた。
「成長というのは、何の気配もなしに起きるものだ。シルバも、成長しているんだろ」
夫は口元をナプキンで拭う。
「ただそれだけのことだ。驚くようなことじゃない」
ただ私は、そこで気付いた。普段笑わない夫が、口元に笑みを浮かべていることに。
「……そうね」
私は微笑み、どこか天井を見上げる。
「そうかもしれないわね」
いい気持ちだった。
あとで、クッキーでも焼いてシルバの所へ持っていこうかしら。
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作者です。二話はいかがだったでしょうか。
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