ゲームの悪役貴族に転生した俺は、最低な悪役のまま生きていくことに決めました。なのに、なぜか感謝されるし人には好かれるし、意味がわからないんですけど~悪役ムーブで何故か善行を積んでいく男の転生譚~
堕園正太郎
第1話 自称悪役、目覚める
電撃に打たれたように、ふと気付いた。俺、ゲームの悪役に転生してるわ、と。
「……シ、シルバ様……?」
夜。シャンデリアに照らされた豪奢な居室。目の前には真っ赤に腫れた頬のメイドがいる。彼女は怯えた顔でこちらを見ていて、その瞳には、豪奢な服を着た十七歳の豚貴族が反射していた。
シルバ・ノーマンクライ。
それが、この金髪おかっぱ豚貴族の名前。
そして、俺が前世で嵌まっていたRPG、『ヴェスペリア物語』に出てくる悪役貴族の名前でもある。
ぶくぶくに太った醜悪な低身長の人物。といえば、まぁそいつがこのゲームでどういう立ち位置かを推察することができるだろう。そう。こいつはこのゲームにおけるヘイト役。いわゆる【ざまぁ係】だ。
まぁ人物像もテンプレートで、彼の特徴を端的に言えば、甘やかされたお坊ちゃま。公爵という高い地位から他者を見下し、傷つける事に何の罪悪感も抱かないクズ野郎といったところである。
そんなシルバのなかでもとりわけドン引きなクズエピソードが、十歳の頃の話。ある日シルバは親に連れられ狩りに行ったのだが、そこで地元の猟師を誤って射殺してしまった。
貴族である以上そうそう逮捕はされないわけだが、当然謝罪と賠償をしなきゃいけない。
シルバの両親は必死に相手の遺族を宥め、交渉の席につかせ、その場にシルバのことも呼ぶと、彼に謝罪を要求した。当然、相手としては、謝罪されようとも怒りをぶつけてやろうという気持ちでいたのに違いない。だが、そこでシルバは遺族に向かってこう言ってのけた。
「俺様に殺されたんだ。死んだ奴も喜んでいるだろうに、なぜ謝る必要がある?」
そしてシルバは、唖然とする全員を尻目に帰ってしまったのだ。
実に、ひどい男である。
まぁそんな感じの
彼は、もちろんその末路も酷い。
まず、シルバはとある名門魔法学校に通っているのだが、そこに転校してきたゲームの主人公から決闘を申し込まれる。なぜかというと、その主人公は先の話に出てきた猟師の息子で、復讐を果たす為に魔法学校へ来たからだ。シルバにしてみれば身から出た錆と言える。
そんなシルバは周囲から甘やかされ、努力を一切してこなかった人物であった。貴族の出だし、才能自体はあるんだろうが、ろくに授業も受けてこなかった彼は当然これに敗北。その結果、シルバは家を追い出されてしまう。
これはシルバの実家、ノーマンクライ家のしきたりによるものだ。筋金入りの武家たるこの家には、決闘に負けた不名誉な者を家から追放するという掟があって、これによりシルバは裸一貫街に放り出されるわけである。
世間知らずの坊ちゃまが一人で生き抜けるほど社会は甘くない。通常なら、シルバの行く末など、どこかの路地裏で野垂れ死ぬ以外に考えられないところだろう。
ところが幸か不幸か、彼の元に救いの女神が舞い降りる。
それは千年の眠りから目覚めた魔神の魂。器を求めていたその魂は、シルバを宿主に決めると、彼にその力を与えた。結果、彼はその力に溺れると、それを使って街を破壊し、人々を傷つけながら、主人公への復讐へと動き出すことになるのである。
で、最終的には勇者となった主人公に負け、永遠に封印されてしまうというわけだ。
どこまでいっても自業自得な男。それがシルバ・ノーマンクライ。
俺はどういうわけか、そいつに転生してしまったらしい。
「……マジか~……」
「あ、あの……?」
俺は額に手を当て、ため息交じりにかぶりを振る。
破滅の約束された超不良物件。実際不運もいいところだ。
まったく――……。
「……だぜ……」
「え?」
メイドが小首をかしげる。そんな彼女を無視して俺は、こう叫んだ。
「最高だぜぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「ひいぃぃぃぃ!!」
メイドが怯えて後ずさる。だが、俺はそんなこと気にもかけずに小躍りした。
「うははははは! マジかよやったぜ!! あの憧れのシルバ様になれたなんて!! 夢みたいだぜ!!!」
本来なら、シルバになってしまったことを嘆くのが普通だ。
皆に嫌われる豚貴族。因果応報の末路をたどる悪役。そんなものになりたい人間など、ほとんどいないに違いない。
だが、俺は違う。
俺は、シルバという人間のことを尊敬していた。悪辣な性格。他者を顧みないその姿勢。自分こそが唯一至高であり、それ以外の全てをないがしろにするそんな彼の姿に、深い憧憬を抱いていた。
というのも、俺は前世で、他人の為に人生を使っていたからだ。
俺の仕事は、老人介護だった。毎日訪問先へ向かい、笑顔を浮かべながら老人の排泄を手伝っていた。そして仕事が終わり、疲労困憊の中ボロアパートに帰ると、認知症の母親から罵倒を受けながら、彼女の世話をしていた。
どこまでも他人の為の人生。そんな人生に疲れていたときに出会ったのがシルバだった。
俺は、その強烈な自我に心を奪われた。どこまでも自分の為に生きる姿が輝いて見えた。それは、俺と対極の輝きを放つ宝石のように思えた。
こんな人になりたい。俺は当時、強烈にそう思ったのである。
そしていま、それが実現したのだ。
ならば、やるべきことは何か。
決まっている。
このまま、最低な悪役、シルバ・ノーマンクライとして生き抜くことだ。
シルバの生き方を矯正することはできる。前世のように、普通に、品行方正に生きていくこともできるだろう。他人を助ける良い人間に変わることも可能だ。
だが、嫌だね。俺はもうそんな生き方しない。
「俺はもう他人のことなんか気にしないし、助けない! 俺は俺の幸せだけを追求する! 必要なら、他人を踏み台にして!!」
それはきっと、世間では【悪】と呼ばれることだろう。
人はこう教える。他者を思いやれ。他者の気持ちになれ。誰かを救い、自分を傷つけ、何者かを守れる人間になれと。それを善とするなら、シルバの思想は紛れもない悪である。
だが、だからどうした。クソ食らえだ。
こっちはもう、そういう綺麗事に疲れてんだよ!!
他者への奉仕なら、前世で死ぬほどやった。
今度は、自分に奉仕する番だ!
憧れのシルバのように!
「あ、あの、シルバ様、大丈夫ですか……?」
俺はメイドのことを見た。彼女は目を瞬かせていた。
彼女の頬は、相変わらず赤く腫れている。おそらく俺が殴ったのだろう。何故殴ったのか思い出せない。ベッドにシミができているところを見ると、襲おうとして反抗され、逆ギレでもしたのだろうか。驚きと歓喜のせいで記憶が吹っ飛んでいる。
「……まぁいいや。さて、酒でも飲みに行くかな」
俺は言いながら、部屋を後にしようとする。とりあえず、お祝いに美味い酒を浴びるほど飲みたかった。
「あ、あの……?」
「あ?」
俺は振り返る。メイドは相変わらず茫然としていた。
「シルバ様? その……」
「おい、まさか、俺に謝罪でも求めてるのか?」
まぁ確かに普通の奴なら、彼女に対し、傷つけた事をを謝罪して、傷の治療をするのが筋であろう。
だが――俺は笑みを作りながら思う。俺はもうそんなことしない。
俺はもう悪役だ。そして悪役なら――憧れのシルバなら、こう返すはずだ。
「てめぇみたいなブスに、誰が謝るかよ、バーカ!!」
メイドはあんぐりと口を開ける。俺はすっとした気持ちで彼女に背を向けると、ドアを開け、鼻歌交じりに部屋を出た。
「け、結局殴られなかった……私が転んで飲み物を零して、シーツを汚したのが悪いのに……」
そんな彼女の呟きを聞かぬまま。
―――――――――――――――――――
あとがき
作者です。始めて悪役転生ものに挑戦します!
至らぬ点が多いと思いますが、読者の皆様が楽しめる物語を書けるよう尽力しようと思います!
もしよろしければ、フォローと☆で応援をお願いします!
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