第22話 過去からの便り


 あれから数年の時が流れた。


 2人の年齢が時の経過と共にあったなら、カムイ16歳、シェロは17歳ぐらいだ。

 もっとも、シェロは出現時で14歳だったから何とも言えないが。


 警察の事情聴取を受け、理解を得て解放されて家路に戻っていくミク。


 女性捜査員は警部補に語る。

 母親もとっくに限界が来ていて、誰かに打ち明けたかったのではないかと。

 その辛い胸の内に蔓延はびこる無限牢のような閉ざされた真実を。 


 だがそれは決して子供たちに知られることがないように相手を選ばなければならなかった。


 真実をいたずらに突き付ける輩が現れれば、カムイとシェロの人格崩壊の危機に繋がる恐れがあった。


 そんなことで我が子を失うぐらいなら育児をとうの昔に投げていたことだろう。かたくなに守り続けた秘密の裏舞台で、どれほどの涙を親の誓いと祈りで乗り越えてきたのか。



 今回の一件で警察の注目を浴び、別の容疑をかけられでもしなければ打ち明ける機会など何処にもなかったのかも知れない、と。



 警察の介入はこの先はないであろう。



 失踪事件の幕はそこで下りたのだ。しばらくの間、カムイへの配慮として少年係が担当する。カムイには真実を受け止めることが出来ないため、警察はその後の進展を彼に訊かれる恐れがある。



 名分は、人命を守るためとした。

 警部補からの配慮で、骨織警部と此処堀巡査が担当することとなった。




 ☆ ☆ ☆




 あれから4年は経過した。


 その間、一度も黒耳シェロは姿を現さないという。

 そのまま消えてしまったのか。



 ムサシとミクは、カムイの手前、再婚という形式で晴れて一つ屋根の下に暮らすことにした。シェロ失踪後、一年が過ぎた頃だ。



 もっとも、一年間も親友夫妻の援助なくして2軒の部屋を借り続けるのは困難ゆえに、ひと月も経った頃にシェロの自宅の方を選んで住むことにしたのだ。



 これでシェロの帰る場所はあると、カムイを説得したのだ。

 隣り合っていた2世帯はひとつになった。


 もともとの家族の姿を取り戻しただけだが。

 父親ムサシが働きに出て、母親のミクが家事をする。


 昼過ぎに買い物へ出る支度をしていた。

 すると、



「あら? 郵便物でも届いたのかしら」



 玄関先で何やらゴトンという音がした。


 それに気づいたミクがドアポストを覗きにいく。

 玄関の明かりを点けた。

 ポスト内側のつまみを掴んで引くと、分厚い茶封筒の包みが落ちてきた。


 足元に転がった封筒を拾い上げ、ミクは送り主を確認しようと裏面を見る。

 裏面には何も書かれていなかった。

 表面にも家の住所は書かれていない。そこには「秘伝ムサシ様」とだけ。



「うちの人の会社から? それとも知り合い? いいえ、違うわ。私たちは我が家の訪問を死守しなければならないのよ。極力知り合いを作らないルールよ」



 亭主宛てに届いたものだが、手の中に収めた感触から、子供の弁当箱ぐらいの厚みと大きさだった。少し傾けて見たりしたが何の音もしなかった。


 ミクは、不審に思うと同時にとても不安に駆られた。


 大事がなければいいが、こんな時はすぐに連絡を取り合う夫婦だった。



「──そうなのよ。あなたに心当たりがないならすぐに中身を確認したいから……ええ、それじゃ待って居るわ」



 ムサシに連絡を取って確認する。

 相手は身に覚えがないと。何かを妻に内緒で購入することなどこれまでもない筈なのだ。


 理由を付けて早退をして来たムサシが口を開く。



「──なんだろうな、これ。なにか箱のようだが」


「早く中身を確認してください」



 封筒の中からは黒い木箱が出て来た。

 急ぎ箱のふたを開けると、中から姿を現したのは一冊の白い本だった。


 2人は本を手に取り、開いていく。

 ムサシが内容文を読み上げていくことに。



「あなた……どうしたの? それはなに、詩のようだけど」



 白い本の中に認められていたのは詩集のようだ。

 ムサシが読み上げていると、急に読むのを躊躇したのだ。

 不意にミクに向けて口を開くのだ。



「これを見てみろ!」



 亭主にそう言われてのぞき込むと、そこには2枚の羊皮紙が挟まっていた。

 


「こ、これは……!? あなたこれ、なんなの?」


「いや分からないけど。──少年は……ひとりで自宅の部屋にいた……」



 ムサシはそれも読み上げていくことに。

 羊皮紙にはこう書かれていた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 少年はひとりで自宅の部屋にいた。

 少年は殺人事件の空想をしていた。

 空想の完成度が高まっていく高揚感に見舞われた。

 少年は無意識に、現実の家の電話の受話器を手に取ってしまった。


 少年は110番通報をするも、少年は空想のなかで事件を語ったにすぎない。

 だがその内容は。

 少年自身がその日、殺害されるという告白。

 その助けを求める声が迫真に迫るものだった。


 空想の殺人の通報と知らず、受けてしまった警察は確認のため出動した。

 駆けつけた警官隊の目に飛び込んだのは、通報内容どおりの少年の死体。


 警察はその場で殺人事件の捜査本部を立てる決定に至ったのだ。


 だがこれは少年が他殺を偽装した、「自殺という自作自演」だ。

 少年にはかねてより自殺願望があり、その故の空想なのである。

 ゆえに犯人は存在しない案件なのだ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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