第21話 ミクの証言
県警本部の一室にて任意の聴取を受ける。
そこで問われた全容にミクが全力で応じた。
先ほどの告白で残りの夫妻へも事情聴取をする為、捜査員が一人部屋から抜けていた。
その後の段階で全てが語られた。
ミクは震えていた。速やかに家路に着けることをただ待っていた。
これで、ムサシと2人で一緒に帰れるんだ、2人の家へ。
彼女への質問はひとつずつ、石橋を叩いて渡るように慎重に進められた。
ようやく全てのことから解き放たれたのか。
うつむき加減でミクの表情は燃え尽きたかのようだった。
部屋に残って聴取を取るのは2人の捜査員。
警部補と女性捜査員。
繰り返しの質問をするのが心苦しいとまで思うようになり、気遣う警部捕がミクに問いかける。
「まさか我々もこんな結末が待っていようとは夢にも思わない……」
「理解してもらえてほんとに良かった。これであの子が無事でいるのは分かってもらえたのですから」
「これにて捜査は実質打ち切ることになります。当分の間は少年係にカムイ君の前で捜査を続行しているという演技をさせますので。他者には漏れないでしょう」
演技?
警察までなにを偽装しようというのか。
☆ ☆ ☆
少し手前に話が戻る。
「奥さん、シェロ君はどこにいるのです?」
「いまでもカムイのそばにいますよ、ずっと居ましたから」
「居なくなったから通報してまで探しているのでしょう?」
「……居ないと言うなら元々いないのです……あの子は。通報に関してのご迷惑は大変申し訳なく思っています」
そうせざるを得なかったとミクは言った。
それにしても元々居ないとは?
シェロの話だが。
「お話します。カムイが生まれて4年が過ぎたころ、シェロが突然現れたんです」
「どこにです!? カムイ君が4歳なら、シェロ君は5歳ですよね?」
ミクの切り出した真実に疑問を投げかける警部補。
「いいえ。4歳だったカムイは言葉を知らない幼児でした。そのとき黒耳シェロという14歳の少年が現れたのです……」
「えっと……年齢差がおかしくないですか?」
「どうか、そのまま聞いてください」
警部補は自分が聞き返せば、話が長引くだけだと指摘を受けたように理解し「わかりました、ひととおりお話ください」と言った。
「4歳のカムイの中に突如現れた別の人格、それが黒耳シェロなんです!」
「……ぁ!」
まだ言葉をほとんど覚えておらず喋ることの出来ないカムイは幼児。
シェロは、カムイとはまた別の人格だと言うのだ。
思わず、声を漏らしたのは女性捜査員だ。
そういった症例の子供をもつ家庭があるとの認識のようだ。
警部補は女性捜査員に目をやると、彼女のほうも警部補を見て頷いた。
正面に向き直し、ミクに確認を取るように警部補が口を開く。
「お子さんは、解離性同一性障害……ですか?」
「……はい」
警部補もそのケースは知っていると言った。
家宅捜索をした時、カムイの指紋しか取れないわけだ。
同居しているわりに、顔写真すらないという状況だった。
携帯電話を親子で持たない理由もその辺りにあるようだ。
警部補は理解を示したうえで訊ねる。
「交互に現れるのですか?」
「はじめのうちは……そうでしたが」
原因の全ては解明されていないが、極度のストレスがもたらす精神疾患だと言われている。
「うちの子はさらに特殊なケースなのです」
「──と、言いますと」
「2人の知性の差が大きかったのです。医師にも診せ、カウンセラーも居ました。テストもして頂いた──そしてどちらが自分の子か。主人は可愛げがないと、シェロを認めることができないでいました、私も同じ気持ちでいました」
一人の内に2人子供がいて、親が実息に与えた名はカムイ。
その子の名は、秘伝カムイ。
だが、喋り出した人格は黒耳シェロと名乗るのだ。
そちらが優位に現れ始めたのだ。
一般には幼少期における虐待などのショック症状から立ち直れないケースから、そのような人格の分裂症状が現れるというが、カムイは虐待も何も大きなストレスに晒される状況になかったのだ。
つまり完全なる別人と親は考え、そう捉えなければ自分たちの精神が保てない。
その判断をつけることでしか、子供を守れないし、また愛することもできない。
その結論に至ったのだ。
「相談した親友の2人は偶然にも、不妊でずっと子を授からない夫婦でした。生涯支え合おうといってくれたんです。善は急げと早くから一緒に住んで慣れるため、誰も知り合いの居ない街に引っ越して来たんです」
親を片方ずつ入れ替えるのは隣人で親友という設定で幼いカムイに認識させていき、どちらの部屋ででも見守れる姿勢をとりたい。その理由からだった。
シェロもそこにしか居られないので親を持たせて様子をみることに。
すると功を奏して、
2人は互いを求めて部屋を行き来するように。
「ところが、昨年になって親友夫妻が子をめでたく授かってしまい、突然この仮初の家族構成を維持できなくなったのです」
「……だからか。2人を火口での落下死という設定で演技を強行した」
「はい。もしもの時のために登山趣味という設定をあらかじめ準備していました」
うまくいく保証もない。もしもの場合に備えた設定も用意されていた。
いくら真実を打ち明けても、本人たちは理解してくれない。
そればかりか医師にまで止められる始末。
真実を突き付け過ぎると、どちらかの人格が消えてしまうかもしれない。
あるいは、どちらも精神崩壊するという。
2人とも人格として尊重しながら、子供として受け容れる。
自分たちの思い描く幸せのために、故郷を捨てて来た。
そうしてこなければ──ミクの目に涙が滲んだ。
「せめて……どちらかが一人の中に居ることに目覚めてくれていたら、こんなことには」
彼らの状況は生まれつきの特殊なケースだ。
「じゃあ、
真実の分裂症なのか、そうではないのか誰にも分からない。
それを問えば、批判と無理解しか起こらない。人格を肯定すること。否定し続ければ崩壊しか訪れない。家庭教育の在り方に正解の手順があるなら、教えて欲しかったとミクは辛い過去を振り返り話を結んだ。
切り離した自分の感情や記憶が裏で成長すると聞いてはいた。
いつそんなに成長したのか4歳のカムイの中に、10年上回るシェロが出現した。
あたかもそれ自身が一個の別人のように振る舞い続けた。
2人の年齢の認識は互いがその時点で主張することを優先する。
カムイはシェロがずっと14歳と名乗ることに逆らわず、認めていきたいと。
救われていたのは、2人がとても仲良しだという点であった。
凶暴な面は現れず、実の兄のような優しい人格であったこと。
これより後は、家庭の問題になる。
警察としても手を引かざるを得ない。
ミクは長年連れ添った親の勘できっぱりと語る。
シェロなら、ひょっこりといつものように現れるだろうと。
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