第20話 ミクへの事情聴取


 そろそろ良いかと、警部補は女性捜査員にそっと打診した。



「ええ。警部補! もう何もかもすべてを打ち明けて下さるそうです」


「そうか、ありがとう。では調書をたのむ」



 彼女は警部補に敬礼をして、席に着く。



 警部補が優しく問いかけると、ミクはある条件を警察の威信にかけて厳守することが全てを打ち明ける約束に繋げられると言った。

 条件内容を聞いてから応じられるか、判断したいと警部補は伝えた。



「出来る限りの対応はさせてもらうつもりです、条件とはなんですか」


「子供には──絶対に知られてはならないことなのです」


「うん? さきほど述べられたことが事実なら、もう打ち明けるべきではないのですか。まあプライバシーの問題と言われるなら警察はなにも──」



 警察が知りたいのは真実だけだとすでに述べた。今後、家庭の中でどう接するかまで指導するつもりではない。それが捜査員たちの日頃の思いだ。


 ミクは警部補や警察が今は何も理解出来るはずも無いと言って、警部補の言葉を遮るように口を開いた。ミクは神経質でヒステリックな口調だった。



「私とムサシさんが不倫だとかなど、どうでも良いのです刑事さん。守りたいのは子供だけなのです。……私たちが間違った選択をした罪は消えないかもしれない。だけどカムイだけには消えて欲しくないのです。──真実を受け止められる条件があの子には生まれつきそなわっていない」



 警部補もそうだが、居合わせた捜査員が怪訝けげんな面持ちでミクを見つめた。


 消えて欲しくない? どちらか一人しか養育できないという意味か。

 世には育児支援もあれば、生活保護制度だってあるのだ。

 プライドが許さないのだろうか。そこは人それぞれではあるが。


 具わっていない条件? それは幼さの話を言っているのか?

 といっても彼は、13歳だ。その内面の成長も個人差があるのは確かだが。

 いやそれより、生まれつきと言わなかったか。

 

 聴取の会話は録音され、女性捜査員は視認した描写も素早く加筆する。

 不可解なことは詳しく聞く他はないと考え、警部補は口を開く。




「奥さん? 行方不明者はシェロ君ですよ。それにカムイ君はムサシさんの連れ子でしょう……どうしてそこまでしてシェロ君のことは気に掛けてあげないのですか」




 警部補の差し掛けた言葉をよそに、ミクはさらに捜査員たちに驚きの言葉を向ける。



「刑事さんたちにも、私が話す真実を受け止めるだけの素養があるのか信じてみますので、私の話も信じていただく他はありません」



 そう言うとミクは立ち上がって、深々と頭を下げた。



 おいおい。

 真実を受け止める警察に言っているんだよな。


 捜査員の3人は彼女の言わんとするものが何なのか、よく飲み込めなかった。

 事件の真相を今日まで星の数ほど受け止めてきたのが俺達、警察だぞ。


 何かの策で欺こうとしているのではないかと余計に疑いたくなるセリフだ。

 だが不倫などの発覚を恐れているのではないと言い切った。

 とりあえず、聞いていくしかない。


 それに、そのように頭をさげているのは腹をくくった証拠だと受け止めたい。

 警部補は「いいでしょう」と静かに頷いた。

 

 すると、ミクは再び席に戻って。

 改めて口を開く。



「刑事さん、私とムサシさんは……元からの夫婦です。……その間に授かったのがカムイなのです。戸籍を調べて頂ければすぐわかります。それと──あとの2人の親も元より夫婦です。私たちは共に初婚です。必要であれば居場所も教えます。ですがその確認だけは慎重に、どうか極秘でお願いします」



 打ち明けると決めれば、口が軽くなって。

 切り出しす口調は意外と淡々としたものだった。

 警察は察しを付けていた内容とは違った事には驚いた。


 不倫だという見立てだったのだ。

 だが、どうりでカムイばかりを気にする訳だと、一応の納得はした。


 不思議に思うのは、他の夫婦と協力して子供たちの親を入れ替える意味がわからない。


 しかも、片親だけ互い違いにすり替えるメリットは何か。


 そこの所が不明なせいで、シェロはあんな行動に出なければならなくなった。

 だが、どうやら遊び半分でやってしまったと言う訳でもなさそうだ。


 警部補は真摯に打ち明けるミクの言葉を信じ、傍の捜査員に確認を命じた。

 残りの夫婦も証言者として必要になる。



「そちらの夫婦の生存確認はしておかなければ、奥さんの言われることに信憑性はないと言わざるを得ないので、居場所を話して下さい」



 慎重を期すことを告げ、まずそちらの夫婦の居場所の確認を取ることにした。


 こうなれば警察は、その確認を急ぐことにも全力を注ぐだろう。

 そちらからの生存確認と証言が取れるのは時間の問題となる。

 そして、この日のうちに警察には事の発端から、全容に至るまでがミクの口から語られる。

 

 ようやく、秘伝家と隣り合っていた黒耳家とのことの顛末てんまつが紐解かれるのだ。



 しかし──。

 なぜかミクは、シェロの話から切り出しはしない。

 

 それに休憩を入れたあと冷静さを取り戻せたのに、そのまま全容を明かす気になったのはなぜか。

 あれほど拒絶反応を示していたのに。



 ミクは時折、ちらりと女性捜査員を見る。



 彼女もミクの眼差しが自分に向くのを感じていた。

 すべての真実を受け止めて調書を偏見の目で捻じ曲げたりはしない。

 そう彼女が約束を交わしたのかは分からないが、捜査員の彼女が決意をさせるための助言をした可能性は十分に考えられる。



 介抱を引き受けた折、この場に立ち合い続けることでも誓ったのだろうか。



 シェロ失踪の重要な要因となったムサシとミクの密談。



 明らかに出来れば、シェロを誤解から解き放ち、心晴れやかに皆の前に現れて涙の再会となれるのだろうか。

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