第19話 事情聴取
昼下がり。
勤め先にて、上司からの入電があった。
用件を聞くため接客室に入室する。
なぜこんな所に呼ばれるのか疑問が頭に持ちあがった。
見慣れない男たちがスーツ姿で待ち構えていた。
上司から紹介を受ける。
それは県警の刑事たちだった。
☆
「そろそろ本当の事を打ち明けてくれませんか?」
会社では人に聞かれたくない都合の悪い話だった。
任意同行に従い、警察署に移動した。
警察に事情聴取を迫られていたのは、黒耳ミク、40歳。
シェロの母親だ。
シェロが仕掛けたと思われる盗聴器を不審に思う捜査員の目が光る。
盗聴器の発見により宅内を捜索した所、通話内容が記録されているメディアをすでにシェロの部屋から押収していた。
その鋭い眼光は、机に向かい着席していたミクに向けられている。
ミクは真っ青になり、震える唇を
「母親のあなたが、ずっと
ミクが事情聴取を受けているのは取調室ではなく、相談室だ。
取調室の隣にあって、部屋の広さも同じくらい
ミクの前には三人の捜査員がいた。
二人の男性捜査員と、調書を記入する係りの女性捜査員が一人いた。
質問をぶつけているのは男性捜査員だった。
すでに黙秘との発言をしていることから、聴取開始から30分は口を開かない。
そんな状況が続いているのだろうか。
「少年係の捜査員がシェロ君の失踪の件でお宅に5日も、出入りしています」
そこにシェロが身を潜めている様子はない、と。
カムイが立ち会って聴取を受けることを承諾したのもミクである。
勿論、それにはカムイの父親ムサシも同意している。
捜査員の声に耳をかたむけようとせず、ミクはうつむく。
「カムイ君の自宅にも上がらせてもらっているが、隠れている様子はない」
シェロの失踪が、盗聴器による録音内容の、ムサシとミクの会話が原因であることは、まだ伏せてあるのだ。ものには順序というものがある。警察の捜査手順もそうなのであろう。
聞こえてはいるはず。垂れた前髪の毛先が左右にゆれる。
質問をしていた捜査員が軽く深呼吸をする。
もう一度、口を開くと語気を強めてミクに問う。
「実の息子が行方知れずだと言うのに、その解明のための協力を惜しむのは一体なぜなのですか? まさか秘伝ムサシと共謀して虐待をしていたのではないですか。ムサシの方も別室で事情を伺っているので隠し立ては良くないですよ」
真相を聞き出すことが目的だ。
虐待を疑うのは、情に訴えかけようとする捜査員の駆け引きに過ぎないだろう。
カムイから幾度も事情聴取はしてきたのだ。
虐待などを疑う余地などない証言がすでに取れている。
また「保険金目的で夫とカムイの母にも手に掛けたんだろ」と言い。
さらに「その計画を知ったシェロ君も、じつは葬ったのでは?」と加えた。
するとミクの表情に変化が見られた。
「そ……そんなことをすれば、カムイが悲しみます。……ひどすぎます刑事さん」
一体、何の証拠があって言っているのかとミクは刑事を非難する。
「隣人の息子を思いやれるのなら、シェロ君のことを救ってやってください」
ミクが激しく動揺した。
捜査員が目を細めた。落ちるのも時間の問題だ。刑事の勘がもう一押しだと言っているのだ。
彼女の口からこぼれる身勝手な文句を聞き逃さず、間髪入れずに、それならシェロを救えと説得の言葉で迫る捜査員。
どうやら黙秘といっても、肝心なことに口をつぐんでいるだけのようだ。
だが捜査員の駆け引きが功を奏したようで、ミクが感情をあらわにした。
ミクが
「……シェロなら、そのうちひょっこりと現れるから、ほっといて下さい! うちの問題ですから刑事さんには関係ない……うっく。──もういい加減、家に帰して下さい!」
「そ、それはどういう意味ですか? 居場所を知っているんですか、奥さん」
盗聴録音の音声は、祝賀会の午前2時ごろのものだけだ。
シェロが前日の午後11時過ぎの母親の奇妙な会話を聞いてしまった折りには、まだ仕込んでいなかったため、ムサシとミクのその後の会話も録音記録はない。
だが、そこの録音内容だけで知り得る、怪しすぎる行動計画と、ムサシとミクの関係も疑わしいものがある。
捜査員は、そこの所からも切り込んでいく姿勢を見せる。
「奥さんたちだけの問題ではありませんよ! あなた方は不倫が原因で互いの妻と夫に死をもたらせたのではないですか? 言語道断ですよ! 奥さん!」
「え……っ!?」
ミクの瞳孔が開いた。
本気で、なぜそのような疑いを掛けられるのかに、ある種の恐怖を感じた様子。
捜査員はこのまま一気に畳みかけるつもりでいた様だ。
ミクの反応も
「おい、アレを頼む──」
「はっ!」
不倫の疑いを決めつけるように切り出すと隣にいた捜査員に指示を出した。
机の上にモバイル端末が置かれた。
それは盗聴の音声録音をそこに取り込んだものだ。
その場で再生をする。
捜査員は「これでもしらを切り通せるのか」と怒鳴るような口調で責めた。
いくらかの時の経過があり、ミクが泣きわめきながら激しく抵抗をするように捜査員の疑惑を全力で否定する。
目の前で再生された音声に聞き覚えがないはずもなく、ミクは心を取り乱す。
ムサシとの関係をそんな風に好奇の目で見るなんて。
悔しくて、悔しくて
「私たちが……あの2人を……死に追いやるわけ……がない。うぐ……。あの人たちはむしろ恩人よ! 死んでなんかいないのよ、だけど……彼らのほうに去らなければならない事情が出来てしまったから、死んだことにしただけ……ううっ……そうしないと。──そうしないと……うわあぁぁ──」
ミクは髪を振り乱して、狂乱するように机に拳を叩きつけて、悲痛な胸の内に秘められていた言葉を解き放った。
あまりにも感情をむき出しにして、涙ながらに訴えるミクに女性捜査員が席を立って、声を掛ける。
「警部補! 任意の事情聴取ですよ。追い込みをかけ過ぎては、精神を損ないかねません。ここは私に任せてください。──ミクさん、大丈夫ですか? さあ温かい飲み物でも飲んで落ち着きましょう」
ミクの聴取を大胆に執り行う捜査員は警部補。
だが彼もここで打ち切りにして、日を改めれば、振り出しに戻りかねないことを危惧する。手元にあった音声記録は切り札だ。
それをたった今、出してしまったというのに。
「奥さん、……俺達が追及したいのは真実だけなのです。ご協力ください」
2人の人間の死の偽装を謀ったことは家庭内にとどまることかもしれない。
それを是が非でも決行した理由が肝心な部分なのだ。
あと一息。諦めてなるものか。
警部補は休憩をはさんで、ミクが落ち着きを取り戻すのを待つ事にした。
ミクの相手を女性捜査員に任せた。
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