第18話 花婿の死


 シェロ失踪の真相から、クイズの謎解きまでを一気に知らされるカムイ。



 彼は震えていた。



 目の前の人は警察だから、噓八百ということもない。

 一刻も早く知りたかったことなのに、いざ知ってしまったら。

 しばらく沈黙しながら、必死で情報の整理をしているのだろう。



 骨織警部が巡査を見て、一言たずねた。



「裏は取れたのか?」



 確認の言葉だ。


 警部の顔に、さほどの驚きも見られない。

 カムイの前で多少の演技もあっただろうが、確実な証拠が出るまで目の前の少年を保護しなければならない。そんな感じの刑事同士の会話に聞こえる。


 裏を取るとは、あることを裏付ける証拠。証言、あるいはその物証である。

 あることの裏付けとは何か。

 それはさておき。



 警部はカムイの様子を気に掛けながら、何気なく巡査に尋ねる。



「なあ、ココホレ君。この前言っていた過去の事件簿の話なんだが……ほら、シェロくんのクイズに番号をつけたときの──」


「はっ!」



 巡査は警部に敬礼をした。



「はい、あの話でありますか」


「例の……『花婿の死』だったかね。私もよく覚えておらんので説明をたのむ」



 何だか二人が別の謎解きの説明を始めるようだ。

 カムイが意識をしているのがわかる。

 視認してから、巡査が口を開く。



「答えは簡単なんですよ。シェロくんのクイズのように短文で、ちょうど8行で書かれた謎解きだったんです。題の通り【花婿の死に何人関わっているのか?】という謎解きでして」


「ほう! 似たようなケースがあるもんじゃな」


「謎解きが文章からどうしても引き出せなくて降参したら、その彼がこう言ったんです。刑事さん、全部の行にある番号を下から読めば答えがわかるよって」



 謎解きの形式を聞いたカムイの耳がぴくりと動く。

 もう普通に聞き耳を立てるカムイ。



「それがですね⑧から順番に番号を読むんですって」


「なんだそりゃ、文面関係ないんか。いったいどんな答えだ?」


「⑧⑦⑥⑤の④は③②ん①る、だそうです」




 な……っ!




「なんとまあ、おやじの頭じゃ思いつかんなあ。はなむこのは③人いるとな」


「それで、シェロくんの天才クイズを聞いた時も分かんなくて、番号を付けて見たんです。そしたら偶然にもシェロくんの父親の不審な死が、ここにあってびっくりしましたよ」



 つまり、その死には3人の人間が関係しているという意味になる。

 シェロとカムイの二親、合わせて4人。それぞれの死に他の3人が関係している。

 そういう、暗示なのだと気づく要因になった。



「おお、父親も昔は花婿だもんな。どんな子供だったんだその出題者?」


「いやそれがですね警部。その彼はネット小説にあった問題を僕に解かせようとしたみたいです」


「何だ、そうか。……流行ってんだな、ネット小説てのは」


「その子も書いて投稿したらしいんですけど、入賞に至らず。入賞者の作品から抜粋して来たんだって、悔しそうに言っていました」




 多くの少年たちと触れ合ってきた、巡査たちの偶然の話に。

 彼は、目から鱗が落ちる思いがした。



 カムイは唇から、肩まで震わせながら目頭を熱くする。

 「うわぁぁぁ」と小さな声で呻き声をこらえる様に小さな両手で口元を隠した。

 その反応から誰の入賞作か気づけたようだ。



 シェロの立てた自分への祝賀会はちゃんと用意してあったのだ。



 その日のうちに、シェロは存在を消さなければならなかったと言うのに。

 頬に伝うものが己を戒めるようでもあった。



 鼻水も含めて、両腕の袖で素早く何度も拭った。

 拭い終わると。

 何もいわず刑事たちを見た。



 カムイは目を見開き、押し込めていた言葉を解き放った。



「刑事さん! シェロのパパもボクのママもほんとに死んでないんですか!? そしてシェロも──」



 カムイは自分がめげている場合でないと立ち直ったようだ。

 警部に目配せし終えると、笑みを浮かべた巡査が答えた。



「シェロくんは確実にどこかで生きて居る。そして、ムサシとミクらも今頃、事情聴取を受けています。盗聴の内容とさらに数日さかのぼって、通話記録を調べさせていた。それで大体のことの裏付けが取れましたからね」


 

 骨織警部と此処堀巡査がペコリとお辞儀をした。

 自分たちの仕事はここまでなのだとカムイに告げたのだ。



「カムイくん、おじさんたちは少年係だから今回は、特別に配置されたに過ぎないんだ。これ以降の領域には立ち入れないんだ。シェロくんとその父と君の母の行方のことは、いずれ捜査本部の警官たちが結果を持ってくるだろうから、信じて待っててくれな」



 警部の別れの挨拶のようだ。



 カムイと二人の刑事とで、本気で捜査を進めるわけではなかった。

 子供の証言を基に立てた仮説の裏付けが取れるまでの間、彼を保護する目的だったのだ。



 事件は家庭の中で起こっていた。

 隣り合う2件の家のなかで……。

 失踪したシェロがいつ戻ってこれるかは、親たちの真意に触れなければならない。



「カムイくん、仕事で出会えた訳ですが、勉強もさせてもらえて、楽しかったよ。誰も死んでいなさそうなので、ムサシさんとミクさんは聴取の後で釈放される。大人しく待っていてくださいね。危険をおかして探したりしないでください」



 巡査も別れの挨拶に笑顔でそう言った。

 カムイは二人にはっきりと誓った。皆の帰りを言う通りに待つことを。



 親たちには家庭に警察の手が介入したことで、失踪でもされてはである。


 捜査官を少数に絞り、家庭への介入を少年係に委ねたのだ。




「刑事さんたちはいつから気づいていたんですか?」


「最初からですよ。夜中の通報だったから、早く調べて早く帰りたい。家の中を見回った時から盗聴器には気づいていました。あとは通話記録の結果待ち。そうだ、僕の携帯の呼び出し音でカムイくんが悲鳴を上げたときに、その連絡が入ってきたのでした」



 あの時か。

 これでこの刑事たちとはお別れだと思うと、寂しい気もする。

 親が帰って来ても、何を話せばいいのか。気持ちの整理がつかない。

 カムイはそんな顔をしている。



「親には親の事情がある。なんにもかないで、ただお帰りなさいと素直に甘えてあげることだよ。親たちが取った行動の動機は僕たちには分からないけど、そうまでして守りたかったのはきっと家庭なんだとおもいます」



 少年係の刑事たちと共に過ごした数日だったが、それも本日で終わりだ。

 しかし、まだ終わりそうにないのが、このシェロとカムイの事件簿だ。



 やはり何よりも、親たちの不可解な行動。



 その動機となった何かが判明しない限りは、二人の少年の未来に幸などないのかもしれない。



 だが判明すれば、逆に親たちが何かしらの振り出しに戻るのではないか。

 是が非でも決行した計画なのだから。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る