第13話 お巡りさんとボク


 倒れ込んだカムイは無事に自分の部屋に寝かされた。

 その部屋に鳴りを潜めて、隣人の黒耳シェロがいるとも知らずに。


 ムサシとミクは元より、夫婦のようだ。


 もう一組の夫婦はどこへ行ったのやら。


 勿論、本日をもって死の宣言が成されたのだから、ここには戻らない。

 シェロは探らずにはいられない。

 ことの真相を知る権利を主張する。それは当然の権利であると。


 カムイの帰宅時間は午後五時過ぎだった。


 中では三十分も過ぎぬうちに、カムイとシェロの両名にとっての衝撃的な宣告が待っていた。もっとも、シェロはその前日の内に知ることができていたが、それでも知って居るからこその恐怖というものがある。


 シェロは実に勇敢な少年だ。

 母親も証言した通り利口だ。


 この機を逃せばこの件への真実が永遠に語られることはない。

 その直感が彼をここまでの行動へと駆り立たせている。


 深夜の電話盗聴で、ミクは自分の真実の母親でない予感に包まれていた。

 その上、父親も失踪させられている。おそらく自らの意志で。

 カムイの母親も同時に消えた。


 さきほどカムイが倒れ込んだ直後の会話から、ムサシとミクの間に自分の入れる余地が無いように思えた。とくにムサシの口振りは、シェロを嫌っているようにしか聞こえなかった。


「カムイが消えてしまったら、僕らの間にはあの、シェロという子しか残らない」


 まったく何という、むごい言い草なのだろうか。

 それを盗聴とはいえ、聞かされてしまったのだ。

 どんなに胸を痛めたことだろう。


 胸中の闇の中は、針のむしろで埋め尽くされる思いではないか。


 理由があるにせよ、あまりに酷い。

 いったいどういう経緯で引き取ってきたのか。


 だが、シェロは機転を利かせて、一計を案ずる。

 煙たがられて、後々、追い払われる前に自ら姿を消すのだ。


 しかも自分がこのまま一晩も帰らなければ、捜索願がでることもちゃんと視野に入れている。


 その証拠は、日常の状況のなかで自然と作り出して、彼自身が持ち去っていることだ。


 それも証言者を生み出すことで、警察の耳にはいる手筈を整えていた。


 半日だ。

 怪しい親たちに悟られぬように、カムイにそれをさせる為、考え出したのが例の「黒耳シェロの天才クイズ」である。


 クイズの内容と解答ぐらいカムイがシェロとのやり取りを思い返しながら、ゆっくりと書き出して説明していくのだ。シェロの失踪事件の事情聴取なのだが、失踪しつづければ、警察隊の意識に刻みつけられた失踪、隣人、殺人事件、通報、警察隊、捜査開始、少年、空想。


 それらのキーワードに全て謎が付くようになる。

 現実に起きたのはシェロという少年の失踪。

 それによる警察への通報。

 そして捜査自体も本物だ。


 警察隊が少年の元に駆けつけて、捜査本部は立った。

 シェロの捜索に当たり、一番、聴取を受けるのはカムイなのだ。

 最後に会っていたのは彼なのだから。

 その証言が曖昧なほど、幾度も繰り返し訊かれることになるのだ。





「警察隊はなんでやって来たの?」


「少年の……通報です」


「その少年はなんで通報したの?」


「殺人事件が起きたから……」


「それは少年の空想なんだよね?」


「そうです。クイズの話ですけど……」


「待って坊や。聞いてるのはお巡りさんだからね」




 えっ。




「お巡りさんが聞くからです」


「聞かなければ分からないからね、一応の確認ね」


「いつ終わるんですか、これ」


「いや君が全部答えてくれたら、すぐ終わるよ」


「全部、答えましたよ。物覚えわるくないですか?」


「いやいや待って坊や。聞いてるのお巡りさんだからね」




 はあ?




「ちゃんと聞いてないのがお巡りさんで、ちゃんと答えてるのがボクです」


「待って坊や、そこ。お巡りさんたちも仕事だからね」


「ボクはお巡りさんたちと遊んでるヒマないんですよ」




 シェロを探してほしくて呼んだのに。

 クイズの答えなんかボクが知るわけないのに。




「坊や、ちゃんと答えようよ! お友達みつけたいんでしょ」


「もう答えるものがないです」


「これは君の空想じゃないの?」


「ちがいます。殺人事件の空想の少年はボクじゃないんです」




 なにこの、ループ縛り。

 勘弁してよ。




「もう一度聞くよ。君が作ったんじゃないですか? 小説のネタですか?」


「いま、お巡りさん二度聞きましたね。噓つきは泥棒の始まりですよ」


「空想の少年はどこの部屋にいたの?」


「そんなことまで書いてなかったですから」


「もう一度聞くよ?」


「答え、無視りましたね。聞いてないじゃん」



 どうなればゴールですか。


 何十回目のもう一度ですか? それ。


 シェロのクイズだから、シェロを探して聞いてくださいよ。



「お巡りさん、なにしに来たんですか?」


「君から事情を聴きとりに来ました」


「じゃあ、ボクの話だけを聞いて。耳の穴でも、かっぽじっといてください」


「……もう、いい加減にしなさい! 君の言う羊皮紙もない。シェロ君の部屋なのに彼の指紋ひとつも出てこない。君の指紋ばかりでしょ、ここ」


「……うわ~~~ぁん! 警察の無能さをなすりつける冤罪だぁ」


「うわ、また泣いたね。──坊や、そんな罪状ありませんよ。シェロ君とはどこで別れたの」


「この部屋です。それで夕方、家に帰ったら双方の親が死んでたんです」


「どこで亡くなられたの?」


「登山で噴火口に落ちたって……」


「坊や。それね。空想は否定しませんが、嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれますよ」


「抜かれた人をご存知ですか?」


「……」


「いたいけな少年に出鱈目を吹き込むと、お巡りさんの舌が抜かれますよ」




 いったい何の話です、これ。




「お巡りさん気にしちゃ駄目ですよ。よく喋る大人は舌が三枚あるそうです」


「坊や! それ。どの口が言うんですかね?」


「お巡りさんこそ、慎まれるお口がないようですね。悪口、タメ口、所かまわず」


「シェロ君って子も毎日大変だな、こりゃ。その減らず口……」


「ほねおり警部! もう言わないほうがいいですよ。口数で警官を蜂の巣にしそうな坊やですからね」


「いま減らず口って言いましたか?」


「こっちの話です、気にしない気にしない」


「ずっと欲しかったんです。それ、永久機関ってやつですよね」


「……たしかに、延々と動きそうだな。あれは」





 シェロ……今日もまた警察隊が引き揚げていくみたいだよ。




 なんか警察隊を誤解していたかも。

 ちっともホームズみたいじゃないし。カッコ良くなかった。


 警部の名前も「ほねおり損三郎」さんだったし。

 異世界で無双でもさせてあげてよ、シェロ。

 はやく戻ってきてよ、シェロにしかボクを満たせないんだから。

 

 



 


 謎の失踪。

(シェロではなく、消えた親)


 謎の空想。

(空想というよりカムイの回想)


 謎の殺人事件。

(虚偽の事故死をでっち上げることもある意味、殺人だよ)


 謎の隣人たち。

(一番の不可解だ。なぜ隣人になったのか)


 謎の少年が一人。

(俺は誰なのだ。親がいない孤児なのか、なぜ拾われたのか)



 現実に何か妙なことが起きているのは確かなのだ。



 シェロは──。


 元々夫婦だとしても、現時点では両家の親だ。


 そのことをシェロの失踪をきっかけに警察や住民に周知させておきたい狙いなのかも知れない。あのクイズは。



 両家の片親の事故死が偽装だとしても、警察はあんな風に本気にしない。

 そもそも噴火口なんかに人が落ちたら大ニュースになっている。



 警官がシェロの家に来て、カムイに親の死因を問う。



 それを本気にしないのは、その事実が世間にでてないか、事故自体がないのだ。

 ここを多くの警察官が見張っている。いまは住民も警戒を強めているのである。


 シェロのクイズの意図が幾つかあるとすれば、その第一にカムイを守ってやりたいということではないか。他にも考えているかもしれない。


 これであの夫婦にはシェロが邪魔だったのか、必要だったのかが見えて来るはず。


 そしてきっと焦りも出て来るだろう。

 後ろめたいことを抱えてるのなら。



 彼らが焦りでボロを出すのを静かに見守っているのが、黒耳シェロだ。



 両家の親子にまつわる何かの黒い陰謀。

 それを知ってより、半日あまりでここまで事を進める行動にでたのだ。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る