第12話 


「心の準備はいいな、ミク? もうすぐ夕暮れ時がくる」


「ええ。もう迷いはないわ、ムサシさんも──」




 同じ部屋の中で、うなずき見つめ合う二人。




 カムイの受けたイベント小説賞のお祝いが、シェロの自宅の部屋で行われている頃だ。 


 そこには、カムイとシェロの二人がいて、何かと楽しんでいることだろう。

 それの終わりが近づいている。


 夕飯までには自宅へ戻る。

 親たちとの日常的な約束が、そこにうかがえる。


 心の準備を問うのは、カムイの父、ムサシ。

 迷いを吹っ切った。そう答えるのはシェロの母、ミクだ。

 もうすぐそこに、カムイが帰宅する予定なのだ。

 二人がカムイに対して、計画的に進めなければならないことがある。



 カムイの母とシェロの父の生きた存在が、カムイの記憶から、もう間もなく消されようとしているのだ。



 二人の子供の肉親が突然、同時に事故死する。



 死を聞かされた子供が信じがたい現実を受け止められないまま、親を探しに現場まで行かない様に先手を打つ必要があるだろう。


 きっと遠く離れた場所なのだ。子供の足だけではたどり着けない危険な所。

 火山の噴火口という、誰もがおいそれと訪ねて行けない場所に設定されている。

 

 火口なので登頂しなければならない。

 タクシーを呼んで行ってもらえるのは、せいぜいふもとまでだ。


 未成年の行動範囲を限定するのは保護者の権限で出来る。

 行こうとするなら通報して警察に保護させればいい。


 だが、とても行けそうにはない。

 カムイは少しの不安を抱えると、寂しさで誰かの傍を離れない。

 そんな性格であることを親なら見抜いていることだ。


 それに、そのように先入観を持たせておけば、抑止力ともなるだろう。

 そういう場所をかねてより設定してあるのであれば、別の事情も見えて来る。



 それは子供たちが、事故死でいなくなる片親の趣味が一致していることを周知している点だ。この親たちから植え込むように聞かされてきたのだろう。


 計画的である上に、そうなると事故死予定の親たちもあらかじめ組んでいることが、うかがえる。


 四人の親達によってこの日がやって来ることは、想定されていたのだ。

 結果的にだれも死んでいない可能性も十分残されている。

 

 問題は、どうしてこの手順で親子は別れなくてはならないのか? そこに尽きる。





 ガチャリと玄関先からドアに鍵が差し込まれて、彼が帰宅する。

 玄関先の物音からカムイが入って来るのを察知した二人。



「頑張ろうな!」



 見つめ合っていた二人は、互いの手を取り合っていた。

 ミクが玄関先に目をやるように振り返る。



「カ、カムイちゃん!」


「お、おばさん。なんでこっちに居るの?」


「カムイ! 近くに来て。さあ、父さんたちの話を聞くんだ」




 自分の問いに答えずに、悲壮感を醸し出す二人に戸惑いを見せる。




「話なら、ボクも聞いて欲しいことがあるんだ……」



 切り出すと、ミクがカムイの言葉を制するように、



「カムイちゃん……ごめんね。……いまはそれどころじゃないの!」



 カムイの問いかけの先にあるものが読めたのか、ミクはそう言い放つ。



「どうしたの?……なんでそんな暗い顔してるの?」



 ミクは悲しむあまり、声が出ない。口元を手で覆った。

 カムイはミクの尋常ならぬ仕草に気づく。



「もしかして、お父さんたち泣いていた……の?」


 ムサシの方にも目配せをして、そう呟いた。


「ああ……カムイちゃん……大変なことになってしまったの……」



 カムイは何だか嫌な予感に包まれ出した。

 ミクの差し向けた言葉に心当たりがあるように一抹の不安に駆られるカムイ。



 嫌だ、嫌だよ。



 カムイの心の声はいまにも漏れ出すかのようだ。

 不安を抱えだしたその両手は自分の両耳を塞ぐようにあてがわれていた。

 

「カムイっ! 落ち着いて、さあ父さんの話すことを……聞いてくれ」







 何だか頭が混乱してくる。

 シェロもいなくなったのに、母さんが死んだなんて……。


「がはっ──あ!!」

 

 胸がつっかえる様な苦しみと背中から衝撃が加えられた!?

 意識が薄れて行く……ど、どうして。

 ふわふわとした気持ちでほんのり温かい。

 前のめりに倒れていく自分を父親の逞しい腕が拾ってくれた。


「シェ……」


 こんな時に、君はいったい何処をほっつき歩いているんだよ!

 シェロォォ──ッ!!!




「親たちが何か……」


 片親たちが何か、面白おかしいことを聞かせてくれるようなので。

 このまま盗聴の続きを現場からしていこうと思う。


 カムイ、すまねぇな。

 背中を後ろから叩いたりして。

 勘付かれては困るんでな。お前は人一倍、俺の匂いに敏感だからな。

 そのまま一晩、眠って居てくれれば助かるぜ。


 あとは俺に任せろ。


 秘伝の家に息を殺して潜んでいるんだ。

 お前が玄関のカギを開けて入る瞬間を待っていて一緒に侵入してきた。


 倒れ込むカムイに注意が行き、俺は無事に姿を見られずにいる。

 親たちが深夜の計画通りの話をお前にぶちまけて来た。


 いったい何なのだ?

 この悪魔のような行動を実行に移す連中は。

 本当に俺達の知る、あの優しい親達なのだろうか……。


 俺の親父はどこへ行ったのだ。





 カムイが倒れたのは、シェロの仕業だった。

 隣り合う、ふたつの家族が抱える秘密に迫ろうとシェロが鳴りを潜める。

 玄関側にある表の部屋に。そこがカムイの部屋だ。

  

 

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