第11話 知り得たこと

 あの夜、俺はとても穏やかに床に就くことなどできなかった筈だが、いつの間にか眠っていたようだ。



 気づけばそこにいた。

 俺の部屋だった。



 だが、ふと目を覚ましたのは午前二時頃だった。

 そのとき、母が電話をかけている様子はなかった。


 うちの母も経済的理由で携帯電話は持っていないんだ。

 自宅のIP電話はリビングにあった。

 だが母は通話を終えたのか、部屋に戻っているようだった。



 今のうちに、電話機を盗聴できるようにして置こう。



 かねてより疑っていたんだ。


 何かあったときの為にそういった準備はしておいた。

 我ながら少し陰湿だな。知ってはいるけど。

 俺みたいなタイプは嫌われ者と相場が決まっているんだろうな。

 育てて貰った恩を仇で返すような真似をしている。最低だ。



 だが、どうしても通話の続きが気になるんだ。



 忍び足で自分の部屋へ戻って、眠ったフリをして機会を窺った。

 午前二時、母がまた受話器を取った様だ。



 プルルル──。

 コール音は一回も鳴り終えないうちに相手がでたのだ。

 つまり、カムイの父は電話の前で息を殺して待機していたのだろうか。



 クソ怪しい。

 まさか祝賀のための隠しイベントで、ここまではしないだろう。

 夜更かしを許さない両親たちが。



 そう思っていると。

 カムイの親父が先に開口した。



「よかった……いよいよだ。もうすぐ僕たちの本懐が遂げられる」


「ええ、あなた。ここに六人で越して来た甲斐があったね。あの人たちと過ごせた時間が今ではとても眩しく思えるね」


「そうだな。──感謝しよう。感謝しかないよ。そして生涯祈らせてもらおう」


「うん。生涯お二人が円満なご夫婦であるように……うっ…涙が止まらない……」


「その気持ちで僕らも、明日は子供たちの前で迫真の演技をしようじゃないか」



 一体なにを言ってるんだ?

 かねてよりの念願だったように親父さんが切り出した。


 それよりも待て! 昨夜もそうだったが何故母は、カムイの親父さんに向けて、

「あなた」というのか。


 猛烈にクソ怪しいぜ。


 昨夜の「火口がどうとか」という物騒な話題から一変している。

 越して来たのは微かに覚えがある。



「ちょっ。今なんつった!?」



 俺の親父とカムイの母親は夫婦だと言ったのか?

 そんでもって、こっちの二人も……まさか……まさかだろ!


 初めはそうじゃなくて住んでるうちにそういう関係になったのか?


 いや、そんな筈はない。


 越して来たとき、もう俺は五歳だった。

 それ以前の記憶は定かではないが。すでにこの親子関係だった。


 よくわからんが、今ここに居ない親たちも生きているって解釈でいいのか。

 だって、感謝して、円満を祈って、明日は俺たちの前で演技をするんだろ?



 そういうことなんだよな。



 だからちょっと待てって!

 その二人の死を偽装しようってのか? おいおい。



 今まで打ち明けてくれなかったことが疑問だ。

 子供には理解できない、親の事情ってものはあるだろうけど。

 打ち明ければ済む問題じゃないのかよ。

 何かがきっかけで全部密かに離縁してすでに入籍し直しているとかか。



 それに、その気持ちで「演じる」。

 つまり涙が必要なわけだな。

 本当の親がこの二人だったのなら、俺とカムイは実の兄弟だったのか?

 俺を置いていくのだから、いやそれこそが言われぬ理由なのか。



 くそっ、ますます気になるじゃないか。

 俺は絶対に真相を知る権利があるはずだ。



「──あなた。本当にこれで良かったのよね?」


「いまさら何を言い出すんだ、ミク。あの子さえ、僕たちの前に現れなければこんなに胸を痛める必要もなかったんだ。カムイは……カムイは」


「あなた! 言葉に気を付けてください! カムイはああ見えて敏感な子なのよ。いま聞かれでもしたら消えてしまい兼ねないって……」




 母親が親父さんに声を絞れと注意をした。




「わ、わかっている。すまなかった。傷つけて心を閉ざされでもしたら、僕たちに残される子供はあの、シェロって子だけになる。……君の方も頼むよ」


「シェロはとても利口な子よ。でもどこまで飲み込んでくれるかが分からなければ、全てを明かすことは叶わない。もしシェロが先に知ってしまったら、勘の鋭いあの子のほうが心を閉ざし兼ねない。……そうなれば、カムイは……あぁ」




 だああぁぁああっ──もうまた、訳の分からん会話に戻っちまったぁあ!!!




 母親が悲しみのふちを覗いたみたいで、会話が途切れたようだ。

 整理するのだ。

 情報を素早く整理し直すのだ。



 二人は当初から互い違いのカップル、つまり夫婦を演じて来たのだ。

 その「一組目」が、(シェロの父親、カムイの母親)この組み合わせだ。

 「二組目」がここに居る、(シェロの母親、カムイの父親)のことだ。



 母親「本当の取り組み方はこれでいいのか」。演技をするか打ち明けるか迷いが入ったみたいな。

 親父「いまさら引き返せない」。そのために何かしらの準備を進めてきた。



 その準備の決行は次の日に決めているようだ。俺たちの祝賀会の後のようだ。

 俺自身の下手な勘ぐりが入ったからか、難しくなったが。



 昨夜は「一組目」の二人が、登山先の火口で身体ごと命を落とす。

 そういう段取りの話だったのだな。

 その虚偽の計画を実行するために、涙ぐましい演技をする必要がある。

 もしくは、ガチで殺害なんてしてないよな。(ははは、マジもんのサスペンス劇場は勘弁してほしい。それが一番怖い)



 だが、母親は母性からか、それが真実の幸への道か迷いが生じ、再度訊ねた。

 いまさら引き返せない。そこに積年の感情が流れ込んだためか、

 「あの子さえ、目の前に現れなかったら……」こんな長年の苦しみは元より無かった、と胸くその悪い台詞。



 それは誰のことを意味しているのか。

 この場合、もはや俺とカムイのどちらかなのだろう。



 親父さんは、「カムイは」で言葉を止めた。

 母は、「カムイは敏感な……」まて、なぜ呼び捨てたの……カムイが自分の子か?


 だがそれよりも、「聞かれると、消える」? そこが分からない。

 言葉を慎むように注意した部分だ。重要なのは、どうもこの辺りだな。



 その後、親父さんはカムイが傷ついたら消える。(心を閉ざす意味で?)

 そうなれば、残るのは俺だけのようだが。

 言い方が変だったぞ。

 「あの、シェロっていう子供の方だ」と。まるで俺だけ他人みたいだな。



 実の兄弟説は、ほぼ消えたかな。


 

 母は俺は利口だが、先に知られると俺も傷ついて居なくなるのを心配した。

 それはおそらく、カムイが心を閉ざす要因になる。──ということかな。

 カムイは心を閉ざすと消えてしまう? なんで? 話をしなくなるとかか。

 もしかして自閉症みたいな? その感じは受けたことがないけど。



 小説を書くことを薦めたら、ほいほいと書くようになってSNS、利用しまくっている活発な感じなんだけどなぁ。



 俺のことが好きすぎて、親たちに心を開かなくなる。その意味なのか。

 不明な点が残るが、もうこれを電話の盗聴だけでは探りきれないな。

 これからの言葉使いは暗号化されていくだろうからな。


 それじゃあ、俺が消えてみるか。近場に居て身を隠しているだけだが。

 それで様子見といこうじゃないか。

 そう考えたのだ。


 カムイには会えないし、話も出来なくなる。そうでなければ意味がない。

 今日のこの日が祝賀会だ。

 クイズの回答を紙に書かせて集中している間にこっそりと居なくなる。

 なあに、ほんの少しの辛抱だ。


 察するにこの親たちは、遺体の上がらぬ親の死を楯にして近い将来、再婚でもする腹積もりなのだろう。それでも俺達の居場所があってこれまで通りなら文句はない。


 だが危険な匂いが漂っている。それも確かなことだ。

 真実の陰にとんでもない事件が隠れていたら、将来は破壊しかないからな。





 俺は、自分が除け者のように感じられた悔しさから、この行動に出るのだが。

 ここで知り得たことは、一段階目の衝撃であることにまだ気づけなかったのだ。

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