第10話 秘密の鞘

 

 カムイ──。



 お前は今でも覚えてくれているのか。

 それとも覚えていながら恨んでいるのではないか。



 今でも……。


 お前とは、あらから話すことが出来なくなってしまったな。

 その声を聞くこともない。

 お前の前に出て行き、語りかけることも叶わない。



 お前のことは、今は心配はいらない様だ。

 俺は忘れることが無いように今でも、あの親たちの様子をうかがっている。



 この家の中で、あのときお前が精魂込めて記してくれた羊皮紙を時折見つめながら。



 俺の出した出題文、お前の残した解答文。

 その二枚の羊皮紙を持ち去ったのは俺だよ、カムイ。

 目の前の机の上にある、一冊の本に挟んで大切にしている。



 俺の目の前にあった本──。



 あれから数年後に、ある場所で書籍化が叶った。

 それは俺があることへの真実を暴く為に書いた本だ。

 世には、それほど多く発行されてはいない。



 今でもまだ──。

 この胸の内にある秘密の鞘に、秘伝カムイという名の一振りを納めている。





 俺の胸の内にある、「秘密の鞘」。



 それがこの身に突然宿ったせいで、親友のお前にも何も告げられないまま消息を絶たねばならなかった。



「──それについては、本当にすまないと思っている」



 俺は、カムイと会う約束をこれまで何度もしてきた。

 でもあの日は、お前に会うための約束ではなかったんだ。

 そう、あの日だ。あの最後の日のことだよ。



「カムイ……。お前も今頃は、とっくの昔に知らされてすでに記憶から薄れはじめていても不思議じゃない頃だな──」



 だが俺の方は違う。

 その忌まわしい記憶を消し去ろうなどとは考えて来なかったよ。



 何のことを言っているのか、わかるか?

 無論、双方の片親が同時に他界したという、その件についての話だ。



 お前に会うための祝賀会じゃないと言ったが、会うのは最後になるから、俺もお前には会っておきたかった。その気持ちは本当だ。



 お前と再会が叶えば、きっとこんな風に問い詰められるだろうな。



「会うためでないなら、いったい何のためだよ!」ってな。



 その後は月日が流れるにつれて、悲しみも悔しさも募りに募って泣き出すかもしれないな。許せ、カムイ。お前の為にやったことだ。


 だが、こうするより他に手立てがなかったんだ。

 俺が突然、失踪するに至った理由には、二段階に分かれた衝撃の事実が、この身を襲ったからだ。



 その衝撃的事実が二段階目に入ったとき、俺は消息を絶つことを決めた。

 俺の親父とカムイの母親が登山好きで、山で死んだ。

 しかも噴火口に落ちて遺体も戻らないという、事象だ。



 二人がそんな目に遭ったのは、前日の夜のことなのだ。

 お前と過ごした最後の、「祝賀会」の前日になる。


 祝賀会自体はカムイの受賞を皆が周知していたから、約束も前々から俺が決めていたよな。当然、親たちもそのことは知っていた。



 だから俺とお前の祝賀会の前日は、親たちに早寝をするように言われたわけだ。

 そう告げられたとき、午後七時ぐらい。

 カムイの家に俺達はいた。「早く帰って、寝なさい。今日はうちの奴が仕事で遅いから夕飯に誘ったが、明日また会うのだろ?」と、カムイの親父に急かされて帰った。


 カムイの母は確かあのとき、残業でその時間に帰宅していなかった。

 このときから俺はすでにそのことを疑問視していた。


 俺達を育てる為に、懸命に働くのだから仕事上の付き合いや、残業ぐらいはあっても不思議じゃないさ。


 だがそういうことが頻繁に起きていた。起き出したのは半年ほど前からだった。

 カムイのことは上手く誤魔化せているようだが、俺は違和感を覚えていたのだ。

 その理由が、俺の親父もしょっちゅう残業だ、付き合いで遅くなると伝言してきた。俺の親父はカムイの所と違って、前々からだったが。



 この二人の趣味は登山だけじゃなく、符合する点が多かった。



 カムイの親父と俺の母は家事をする側で、仕事には行っていない。

 その上、この二人は趣味が合わないわけではなかったが。

 どちらも高い所が苦手で、互いの伴侶に付き合って登山したことなど人生で一度も無いのだ。



 俺の両親と、カムイの両親は元々親友だと聞いていた。

 だったら何故、登山好き同士で結婚しなかったんだ。

 子供の俺が抱いていた素朴な疑問を変なふうに勘ぐって、親たちに聞く事なんてで

きないよ。



 親が気を悪くして、離れて暮らすと言い出したら。

 子供の俺達は引き離されてしまう。


 それだけは嫌だった。

 俺もカムイとずっと一緒に居たかった。


 お前とともに過ごせるなら、他の事はどうでもいいんだ。

 そう思って問わずにいた素朴な疑問が、祝賀会の前日の夜に衝撃の二段階目へと突入してしまったのだ。



 そうなってからの事だが。



 その半年前からカムイの母親が残業などを繰り返している点が妙だったのだ。

 あの人は優良企業に勤めていたのだから。たとえ付き合いがあっても残業をそんなに強いられるのはおかしいのだ。


 たとえ抱いた疑問が真実なのだとしても、俺たちの別れは避けられなかったがな。


 二段階目の衝撃の事実とは。

 前日の夜に俺の母親がかけていた電話の声にあった。

 通話の相手は、カムイの親父で間違いないだろう。


 それは深夜十一時半を過ぎた頃だった。

 早く寝ろと言われたが、カムイにとびっきりのクイズを出題してやろうと夜更かしモードに入ってしまった俺は、聞き耳を立ててしまったのだ。



 こんな時間までうちの親父は帰っていないのかと、最初はそう思った。



「ねえ、あなた。そっちはどう? カムイは……うんうん…そう。ぐっすりと眠っているのね。……いよいよ明日ね。どの道、シェロにも打ち明けるけど……真実は火口の中だから──きっと上手くいくわよ」



 一体……どういう事なんだ?

 カムイが眠ったかを問う相手は、カムイの親父……なのか。

 電話はしばらく続いた。



 その内容は、その後も耳を疑うものばかりだった。


 



 なあ、カムイ。


 どう考えてもおかしいだろ?

 その日のうちに知らせが来ていて真実を知っているなら。

 たった一日遅らせる意味は何だと思う。



 いいや違う。



 俺の中にはたった今、誰にも明かせない「秘密の鞘」が芽吹いてしまったんだ。

 俺も不安でたまらない。



 だけどお前だけは、俺が守らなければいけない。

 そんな気がしてならないんだ。


 

 

 この二人の話方は、わりと落ち着いた会話だった。

 もっと以前より、こうなるだろうことを予測していた可能性がでてきた。



 

 俺は姿を消す。

 だけどずっと……いつまでも近くにいるからな。

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