第9話 チッ!

 ボクは、秘伝カムイ。


 隣人の黒耳シェロの幼馴染だ。


 そのシェロがつい先日、失踪してしまったのだ。


 それについて、あれこれと推察を巡らせている所だ。



 親たちの訃報もショックではある。

 何も考えないでいるなんて、とても落ち着かない。

 だから生存確率のある、シェロのことを考えることにしたのだ。





 ──そういえば、あの日。

 シェロの失踪したあの日のことだ。



 帰宅したボクは親たちの不幸を聞かされて、すぐ失神してしまったようなのだ。



 気を失う直前に誰かに背中を強く叩かれたような。

 そんな衝撃が身体を巡っていた。

 それで、「がはっ!」となった。



 薄れていく意識の中で、父さんたちの会話が耳に入って来た。

 非常に心配をしてくれている。それは分かるんだが。

 だが、どうにも釈然としないんだ。



 床の上に倒れ込んだボクを見て、父さんは言った。



 しっかりしろ、と言った直後に「──シェロは、どうしたのだ?」と。

 その父さんの言葉は、シェロの母に向けられたようだったが。


 なぜか引っかかっている。


 薄れる意識の中だった、聞き漏らしたこともあるだろうけど。

 シェロの母が居合わせたにせよ、そこはボクの家だ。

 シェロは隣の家にいると思うのが普通ではないか。



 もしかしたら、シェロは母親からすでに親たちの訃報を聞かされていたのか。



 でもまあ、その事からもシェロはやはり、ボクの家を訪ねて行った。

 昼間にシェロが訊ねて来て、父さんと会っていたのなら会話もその流れが自然であると言えるし。


 父さんもショックがあるだろうし、焦っていた。そうとも考えられるけど。


 次に、シェロの母が答えていた。


「多分そうね」と。

 なんだその他人事みたいな言い方は?

 あなたの大事なシェロ君でしょうに。



 しかも、「ともかくカムイの介抱を優先する」みたいな感じだったな。

 シェロの母も焦っていた──からなのか。

 でも振り向いたとき、いつも通りに「カムイちゃん!」って、言っていた。

 その時点の方が、深刻だったはずなのに。



 ボクが倒れたことによって、始まったのがこの二人の会話だが。

 家族の不慮の事故。


 その精神的ショックは計り知れないだろうが。

 人は会話によって相談相手ができると、かえって冷静さを取り戻したりする傾向があるのだ。



 ボクだって伊達に小説を書いてはいない。

 インプットもしているのだ。



 なのに呼び捨てる? ボクのこと……。

 その時の状況は、ボクが知らない何かをずっと伏せてきた。

 そんな風に思えてならなかった。



 この身体に直接触れていたのは、父さんだった。

 よく確認もせず、気を失っているのよ、と言った。


 まあそれも思いやりからのことかもしれないが。

 どうも引っかかる。


 これまでにもボクが失神を繰り返してきた経験があるかのように。

 「多分、また失神よ」と言っているように聞こえたんだ。


 急に呼び捨てにされたり。

 知る限り、そんな経験一度も無ければ聞かされてきたという事実もない。



 そして、シェロについては──。



 シェロの母は「そのうち、ひょっこりと現れる」と言っていた。

 やはり連絡を入れていたのかな。

 だとしたら、そのやり取りはボクの家で行われたことになる。



 何故なら、シェロは携帯電話を持っていない。

 外出中は彼を捕まえられないからだ。

 そして、シェロの自宅にはボクしか居なかった。

 母親は朝から外出中だった。

 シェロが居なくなって、親の部屋も確認しに行ったから間違いない。



 だけど、この考察では矛盾点が浮かぶ。



 親たちの訃報をシェロがボクより早く知って居たのなら。

 彼はその悲しみを捨て去り、姿をくらませたことになる。



「あり得ないよ、そんなこと」



 ボクの母さんも死んだんだよ。

 どうしてシェロは、ボクに教えに来てくれなかったのか。


 ショッキングな出来事が身に起きたなら、身近な人間に知らせなきゃ。

 そう思うのが通常の人間の神経というものだろう。

 そうすることで不安が緩和されていくことが言えるのだ。



 つまり、これは不正解。



 また、父さんとシェロの母がシェロの居場所を知っていると仮定すると。


 捜索を警察に依頼している時点で、不自然だ。

 何のために警察まで動かすのだ。

 それでは犯罪の匂いが父さんたちからしてくるじゃないか。



「そんな馬鹿な」



 というより、その場合。

 シェロは、父さんとシェロの母が隠したということになる。



「あり得ないよ、そんなこと」



 警察が実際に捜査を開始している。

 その目を欺いて隠せるのだとすれば、何だ?

 シェロがすでに他界でもしてなければ無理だろう。

 相手は日本の警察だよ。


 

 これも不正解。



 でもあの日の父さんたちの口振りは、近くにシェロがいるつもりだった。

 やはりその後、行方が知れないと気づいたんだ。

 父さんとシェロの母が、シェロの居場所を知る訳がないとこれで判断できた。




「というか……こんなときシェロなら、どう読み解くんだろうな」


 肝心の彼の行方が分からないから、考察をしてるんだけど。


「シェロの嘘つき! 君のクイズ。めっちゃムズかしいよ」




 ハッキリ言って謎だらけじゃないか。



 チッ!

 思わず、舌打ちをしてしまった。



 ボクなんかじゃ、真相に辿り着けないのかと。

 少々、苛立ちが沸いたのだ。

 なぜボクは君のように賢く出来ていないんだ。



 失踪と例のクイズは関係がないのかもしれないが。

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