第8話 その真実は
シェロ──。
ボクのことをまだ覚えているかい。
ほら、同じマンションの隣の部屋に住んでいた幼馴染のカムイだ。
マンションに越して来た記憶もないけど、生まれはここじゃないんだって。
生まれたのは他府県らしいけど。親が言うには、故郷にはいい思い出がないから、捨てて来たんだそうだ。
シェロのママが元気にしているよ。
うちの父さんも健在だ。
君が居なくなってから、大変なことが起きたんだ。
君のパパとうちの母さんは、日頃の息抜きに内緒で登山に行っていた。
噴火口に落ちるという、不慮の事故だ。
どちらかが足を滑らせ、どちらかが手を差し伸べていた。
そのような所まで近づくのは禁止されているから、他の登山家が気づいた時には手遅れだったそうだ。
命も落として、遺体も回収不能であの世行きさ。
詳しい内容は判らずじまいだが、知れた所で生き返らないんだ、どっちも。
悲しみがぶり返すだけだから、ボクらには忘れる努力しか必要なかった。
それから何年もの間、時が止まったように感じていた。
当初もそうだった。
残された三人は、来る日も来る日も気持ちと表情がどんよりと暗かった。
君のママも、一家の大黒柱を失くして、家計が大変だったし。
うちも同じだよ。
互いに家族を失くした同士、のちに同居することになるけど。
そして、半年も過ぎた頃。
二人は再婚したんだよ。
君のママとボクの父さんがだよ。
シェロの帰る場所もここにあるからね。
あるんだからね。
君が戻って来るその日のために、君の家を借りて今もそこに三人で住んでいる。
ボクの家の方は経済的に手放すしかなかったよ。
心に空いた穴は時の経過とともに少しずつだが、埋まりつつある。
でも、ボクの心はシェロが戻らない限り、埋まり切ることはないんだ。
新たな友達もいるけど、このまま君を忘れても良いのだろうか。
時折、そう思う自分もいる。
「ごめん……ごめんな……」
シェロ……。
探し出してあげられなくて、ほんとに御免。
「苦しいよ……」
いまでも。
君を想い出すと悔しくてならないよ。
ボクがとっとと表に出て、君の名を大声で呼んで。
探しに行けば良かったのに。
時を同じくして、双方の片親が事故死していたせいで、捜索の手が遅れたんだ。
しっかり者のシェロなら、そのうち戻って来るからと。
「それどころじゃないなんて、決してだれも考えた訳じゃないんだよ!」
シェロの捜索願いの通報は、夜中になってしまった。
「──許してよ、……シェロ」戻って来てよ、シェロ。
本当の兄弟じゃなかったけど、寂しくないなんて「大嘘」に決まっている。
そうして、また思い出している。
──とある土曜の午後だったね。
先日、投稿中の作品に良い知らせが届いていた。
それは賞金も賞状も出ないイベントの賞だ。
ジャンルとテーマに沿って好きなものを書くだけの。
ミステリのつもりで書いた。
それは半ば、シェロに「書けよ、書いちゃえよ」と、ほだされてのことだ。
それについては親達も喜びの声をくれた。
その結果が吉報で返ってきたのだ。
幼馴染で親友のシェロも祝杯と称し、部屋に招き入れ、自慢の謎解きをプレゼントしてくれたのだ。
夢中になってるうちに君は居なくなった。
あり得ないほどの時間、置き去りにされたよ。
あの問題だ。
「君と過ごす、最後の日になろうとは思いもせずに……ね」
いつもそばに。
強い君が。
大樹のように。
頼れる君が。
兄のように。
居てくれたから、今は涙をこらえていけるけど。
黒耳シェロの天才クイズ。
その真実の解答は聞けないままだ。
でも今となってはクイズの答えなんて、どうでもいいんだ。
「シェロ……」
どこに行ってしまったの。
会いたいよ。
とても会いたいよ。
その日の夕暮れ時がやって来た。
君は戻らないままだった。
ボクは帰宅するしかなかった。
親たちの訃報を聞かされた次の日だった。
君の捜索のために警察隊がこの部屋に踏み込んで来たんだ。
ボクが真っ先に事情を訊かれたよ。
「二人は何をして、遊んでいたのか?」と。
だけど、どうにも不思議なんだよ。
昨日、君の部屋に置いて来たはずの、あの羊皮紙がどうしても見つからなかった。部屋の隅々まで探した。警察も一緒に手分けして。
警察は現場での物探しのプロじゃないか。
でも見つけられなかったんだ……あの、
シェロのクイズの方と、ボクの解答の羊皮紙。
その二枚だけが、どうしても。
結局見つからないから、ボクが目一杯の想像で語るしかなかったよ。
そう、あの日の事を次の日の警察隊にね。
──少年の空想の中で起きた殺人事件。
シェロ君の空想だよ、これ。
証言通りの羊皮紙が見つからないために、警察官はボクの空想じゃないのかと。
何度もおなじ説明をさせられたよ。
説明をくりかえすうちに、もう訳が分からなくなっていったよ。
ともかく、ここでは殺人事件ではなく、失踪事件として捜索が開始した。
失踪でも、事件性の方面も念頭に置くと警察は言っていた。
ボクが帰宅した後、翌日までに君が部屋に戻っていた可能性を視野に入れたようだ。
まだ失踪として扱うには時間が短い。誰かを訪ねて自ら出ている可能性が濃かった。
でも一応、部屋に君の血痕など、争った形跡がないかまで調べていた。
君の宅内はとても綺麗に片付けがされていた。
だからなのか、君の指紋が部屋からも出てこないと言っていたよ。
出て来るのはボクのものばかりだ。
とてつもなく変な気分だよ。
親が立ち会ってかばってくれたから、いいけど。
なんだかボクが君の失踪に関わっているかのような警察の口振りが嫌だった。
ああ、それと──。
君の言っていた通り、警察は通報者の元に正確に駆けつけて来たよ。
シェロ君はまるで、この未来を見据えていたかの様にそう言い切っていたね。
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