第7話 親たちの死


「うん……?」



 いつの間にか居眠りをしていたらしい。



 起き上がって、窓の外に目を向けた。

 空は赤く染まっていた。

 すっかり夕刻に入っているのが分かった。




「いけない……。シェロの親父さんも帰る頃だ」




 そう思いながら、また宅内を見回すのだが。

 結局、誰も居やしない。



 シェロはあのクイズの後より、行方知れずだが。そろそろ家に戻らなくては。




「もっとも、夕飯までに戻れていなくても、お迎えが来るのだけど」




 そんな心配をかけたことも、これまで殆どないとカムイは呟いた。




「シェロのことはまた明日聞けばいい。今日の所はこれで失礼するよ」




 カムイは自分が解答したあの羊皮紙に、「ありがとう、またね」と。

 加筆すると、それをその場に置いたままシェロの部屋を後にする。



 シェロの家の鍵を持っている筈もなければ、そんな覚えもない。

 この家の留守が気がかりではあるが、ずっと留守番をしてはいられない。



 だから帰るだけなのだ。

 その内、誰か帰宅するだろう。




「母さんが仕事から帰ってくる前に。夕飯の支度を手伝わなきゃならないんだ」




 言いながら、シェロの家の玄関のドアをゆっくり閉じて、自宅へと急ぐ。


 べつに振り返りはしないが、留守になった隣の部屋に5時間近くもいた。

 たったひとりで。


 思えば薄気味の悪い状況にカムイは、一刻も早く父親の声を聞きたい。

 話を聞いてもらおうと、駆け足で自宅のドアに鍵を差した。


 ドアを開けて部屋に入ると、カムイは目を見開くのだ。




「な、なんで!? こっちに居るの?」




 その反応はもしや。



 シェロの姿をそこに見つけたのだろうか。

 いや、それとは別の反応のようだ。


 

 シェロがいたのなら、「シェロっ! 何時間待たせてんだよ!!」と、なる。


 目に入った瞬間に戻らない理由か、知らせなかった理由を聞くだろう。

 ほとんど眠っていたが、あれだけの時間帰ってこなかったのだから。



 そうなると……。



 まず、父親が居るはずである。

 そこに来客のように、見なれた顔ぶれがあったのだ。



 仮に父親が居ないのなら、「あれ? うちの父さんは?」と、なっている。


 

 たとえ顔見知りであっても、どうやって家に上がり込むのだ。

 つまり父親と誰かが居たのだ。




「お、おばさん? どうしてうちにいるの? シェロはどこ行ったんですか?」




 その口ぶりだと、恐らくシェロの母親がカムイの家に来ていたのだろう。

 そして、そこにはシェロの姿は見られなかったのだ。

 それどころか。



 

「と、父さん!? なんで。──二人とも、なんだか死にそうなぐらい暗い顔して。……も、もしかして泣いていたの!? いったい何が」




 カムイが自宅に戻ったのは夕刻だった。



 玄関からリビングに入った瞬間に目に飛び込んで来たのは、父親とシェロの母親の姿だった。



 カムイの声で帰宅に気づいた二人が振り向いた。

 その二人の目には大粒の涙が光っていた。

 カムイにとっては喜ばしい日だったが。

 それを祝ってくれるような清々しい表情とは裏腹に悲壮感が漂っていた。




「ま、まさか……」




 カムイの脳裏に一抹の不安がよぎった。

 シェロに……。


 彼の身に何かが起きたのではないかと直感が働いた。

 大人が二人も泣いているのだ。それもただならぬ悲壮感を漂わせて。


 何も言わずに立ち去ったのは偶然としても、その後、事故にでもあったのか。

 

 それとも事件に巻き込まれたとか。

 カムイは目の前の二人に事情を訊かずにはいられなかった。

 二人のそばへと近づいていく。


 シェロの母が自分にすがる様に。

 父親も全財産でも失くしたかの様に。

 その表情は、これから一家で夜逃げでもするのかと思わせる深刻さだった。


 シェロの母親が先に口を開く。




「ああ……ぁ、カムイちゃん……」




 一言彼の名を呼ぶと、その声を閉ざす。

 落胆するシェロの母親を一瞥すると、カムイの父が言葉を継いだ。




「カムイ……落ち着いて。そして、父さんたちの話を……よく聞いてくれ」




 さあ、もっと近くにおいで。

 さらに加えられた父親の台詞で並々ならぬ恐怖に包まれて行く。

 シェロの母親も、カムイを抱擁せんと手を差し伸べてくるのだ。



 父さん……。



 カムイは父親の声が震えているのを知った。

 掛ける言葉が喉元でつっかえた。

 もはや嫌な予感しかない。



 だがそれは、カムイが包まれた一抹の不安とは全く別もので返ってきた。

 それすら越える出来事が彼を待っていたのだ。




「黒耳のパパと、うちの母さんが……。火口に落ちて帰らぬ人となった」




 火口って、……あの火山の噴火口のこと?

 カムイは自分の耳を疑った。


 戸惑うカムイに、シェロの母が確認するように言う。




「カムイちゃん……。あの人たちの登山好きは……知っているよね?」


「二人とも、噴火口に落ちたらしいのだ! もう死に目にも会えないよ。残念だがどうにもならないんだ。遺体すら戻らないなんて、むごい仕打ちだ……」




 なんとシェロではなくて、自分の母親とシェロの父親が同時に死去した。

 しかも火山の噴火口に落下したせいで、遺体すらも帰らないというのだ。



 さっきの直感は外れたが。



 帰宅早々、二人からとんでもない話を打ち明けられる。

 カムイは気が動転しながら、失意のどん底に落ちていった。




「か、母さんは、仕事に行ってるんじゃ……え?」




 こんな時にシェロ、君はどこをほっつき歩いているんだよ。

 シェロッ──ォォ!!!



 身体ごと火口に落ちたから、遺体が上がらない。

 マグマの中に落ちたのだ。救出不能であっという間に二人の人間はこの世から消え去った。


 そういうことを打ち明けられたのだ。


 カムイの心は張り裂けるように悲鳴をあげた。




「がはっ―!?」


「カ、カムイっ!? どうした! しっかりするんだ! おい」




 父親が声を張り上げた。


 カムイが急にその場に倒れ込んだのだ。彼はむせ返しながら失神した。


 シェロの母親も、次いで声を上げる。




「きっとショックで気を失ったのよ。二人の急死なんて荷が重かったのよ、あなた」


「無理もないことだ。だが、今夜打ち明けて置かなければ。どの道、彼らはもうここには帰っては来ないんだぞ。──シェロはどうしたのだ? いないのか!」




 カムイの父親は、カムイの身体を起こし、抱えながら母親に尋ねていた。


 失神したカムイを案ずるあまりか、かなり呼吸を乱している。


 シェロの母親も呼吸を整えながら、口を開く。




「……多分、そうね。まずはカムイを介抱してからにしましょう。あの子はそのうち、ひょっこりと現れると思うから」




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