第6話 シェロ
「なんか、急用ができたのかな?」
置手紙、そこまで大げさじゃなくとも。
メモぐらいは置いていないかと。
カムイの目が、リビングのテーブルの上を行き来する。
綺麗に片付いている。
ポットや、盆の上に湯呑が伏せて置いてあるわけでもないのだ。
なにもないのは一目瞭然だ。
期待していたような、もてなしの準備の気配も一切見受けられなかった。
台所を見ても、片付けはきれいなものだった。
「なにこれ? なんかおかしいよ。──いったいどうしてなの?」
脳裏に浮かぶのは謎しかなかった。
謎解きは好きだったが、あくまでもドラマなどの完結が約束されたもの。
ゲームの謎解きは制限時間など気にしなくて良いし。
そして、いつもシェロが傍にいて助言をしてくれていた。
そのおかげで謎解きに関しては、楽しい記憶しか持ち合わせていない。
なのに今は、口をついて出てくる言葉は同じつぶやきの繰り返し。
「まさか……」
しんと静まり返る部屋があった。
所詮そこは他人の家の中である。
その中に取り残されるように自分だけがいる。
幼馴染で隣同士だとしても。
経験がないというのは、どうにも不気味であった。
数え切れぬほど、互いの家には通い合った。
双方の親の顔も、二親ともよくよく知っている。
とはいえ、どこか落ち着かないのだ。
カムイの両親は、父親が家に居て家事をする。
母親が働きに出ている家庭だった。
世帯を持つまえは、優良企業に勤めていて父親より収入が遥かに良かった。
そのように聞いていて、その暮しが当たり前であった。
一方、シェロの家庭は普通に、母親が家事育児に精を出し、父親が勤めていた。
このまま、いつまでも物思いに更けていられない。
カムイがまさかと思った事項に、二通りがある。
覗いて確認をしていない親御の部屋だ。
彼の視線がすでにそちらに向いていた。
シェロもそろそろ年頃だが。
そこに息を潜めて隠れている?
いたずら企画なのではないかと。
もともと早朝からの外出と聞く、親は居ない筈だし。
「あれれ? 違ったか……」
昔から家族ぐるみの付き合いだ、自分たちは。
その思いで。
親御の部屋のふすまをそっと開けて見た。
けれど誰も居ないし、片付けが丁寧にされている。
押し入れも開けさせてもらい、チェックしてみるが外れのようだ。
どうやら、かくれんぼはカムイの思い過ごしだったみたいだ。
これで紛れもなく、シェロの自宅にいるのは、カムイ一人だけということが確定した。
理由は分からないが、置き去りにされていた。
気づけば、シェロの姿が見えなくなってから一時間近くが経過していた。
たかだか一時間ぐらいの空白の時間が空いただけなのに。
中学生にもなって大げさにも不安に見舞われる。
そんなことがあるだろうか。
いや、人によってはある。
心配性だというのなら十分に考えられる。
それにこれまでに味わった経験がないというのなら。
学校のように複数の生徒で溢れていて、「誰か彼を見てないか」と訊ねて回れる環境であるなら、その不安が少しは緩和されるのかも知れないが。
カムイが思い当たったもう一方の「まさか」について。
もしかするとシェロは、カムイの自宅に行っているのではないか。
自宅はすぐ隣だ。
カムイの親は、母が勤めに出ている。
この日、父親まで留守にするという話は出ていない。
自分より大人趣向のシェロがかくれんぼ。
その線は非常に薄いと。
幼馴染ゆえに、分かっていながら。
それなら納得がいくということでもない。
そうであってくれなければ抱えだした不安を拭いきることが出来ず、心に掛かったモヤを持て余してしまう。
勿論、そんなことを無言でする理由はまったく分からないが。
さらに脳を使い、別の理由を探っていると。
胸の奥に引っかかる疑問が生じた。
それは家の鍵だ。
カムイの自宅の鍵は、カムイ自身が外出時に掛けて来たのだ。
そう、こちらに来るときに。
互いに一人っ子。
鍵っ子なので出入りの際には鍵を使う習慣がすでにあった。
自宅は隣りではあるが、鍵はカムイ自身が所持している。
「父さんとは昼食のあと、シェロん
父親が外出をするとは聞いていない。
だから、チャイムを鳴らせば父親が応対し、玄関の扉は開く。
それで鍵の問題はクリアできるが。
問題は、そこでシェロがカムイの父親に何を持ちかけたかだ。
あくまでも可能性だが、カムイがそう感じたことなのだ。
カムイの父親に何を。
「ボクの家に、なにか忘れものでもしていたんだろうか……」
互いの家には、しょっちゅう行き来をしてきた仲だった。
忘れ物を思い出して取に行った。
すぐ隣だから、すぐ戻るつもりで無言で行ったのだと。
もし父親がシェロを自宅に招き入れるのなら、そういった用件が必要だ。
合鍵なんて持っているわけないよな。
シェロは両家の親にとても信頼されている。
だけど。
自分だけが知らない関係をシェロと結ぶだろうか。
自分の実の親が。
いくら何でもそれはない。考えすぎだ。
これは自分への祝いイベントだ。
プレゼントがあるなら内密の行動も納得がいく。
もしかしたら、父親も承知の上なのでは。
二人はカムイの自宅にて何らかの準備を進めている。
そう思っていたい。
──そうなのかもしれないとの考えにまで到達していた。
一人、部屋に置き去りにされてから、一時間が経過した。
この部屋にとどまって、すぐに様子を見に行かないでいるのはその為でもある。
慌ててシェロを探しに行けば、彼らの好意を無下にすることになる。
カムイはそれも考えて、シェロの家の中で思案していたのだ。
多少の不安に駆られるが、本日はそんな特別な日でもあるわけだ。
誕生日などに見受けられる、家族や友人の行動にはそういうものがある。
ただ、カムイの家庭ではそういった経緯を経た祝い方はなかった。
経験上の記憶には刻まれていないため、不安と戸惑いに至ったのだ。
カムイはもうしばらく、待ってみる事にした。
シェロの部屋へ戻ると、羊皮紙に書かれたクイズに見落としがないか。
絨毯の上に寝転がりながら、それを手に取っていた。
それを見る彼の目は、宝の在処を示した黄金の地図でも見るかのようだ。
夢に満ちた輝きで、シェロの帰りを待ちわびている。
そうして、いつの間にか、うとうとしながら眠りについてしまった。
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