第3話 シェロの問いが続く


「そんだけの複数人が住所をたやすく間違えますかね? しかも、プロだぜ」



 しかも、プロ。


 その言葉には、ピザの宅配人だって仕事なのだから、プロだと言える。


 だが──。


 やはりシェロがそこまでの説明を加えたとなると。

 さすがにそれだけの人数がいて、しかも相手は警官だ。

 警察の威信にかけて再確認はしっかりと。


 不祥事は御免だ。

 ピザ屋なら客に謝罪で済むだろうが、警察は下手をすれば記者会見だ。



 カムイもようやく気づいたようだ。



 なにせ出題文は短文である。

 なぜ出題に警察隊と記されていたのかを再確認できたようだ。



 最初から、気づくべき重要点がそこにあったのだ。



 冒頭が殺人事件の話題であったため、先入観で「警察隊」が連想される。

 連想されてしまう所に落とし穴があるのだ。

 それを見落としてしまうと、カムイのように事件が他所に行ってしまう。


 「警察隊」という言葉が出て来ても不自然ではない流れ。

 それが少年の通報という現実の行動。



 110番通報をした。



 殺人事件は少年の空想の中で起きているが。


 カムイの頭の中では、警察よりも事件がどこで起きたのかを最優先したのだ。

 無論、それは大事である。


 解明されなければ警察が捜査に乗り出すことの説明がつかないままだ。

 それこそが、黒耳シェロのクエスチョンなのだから。



 警察は殺人事件の捜査を開始した、と記されている。



 つまりそこに記されている情報を基に事件現場を想像力で導き出すのが、回答者の役割だとカムイは判断したのだが。

 

 「警察隊」をきちんと脳内で処理できていたなら、ピザ屋がそこまでの大人数でやっては来ない。



 だから部屋番号を間違えるという所に行きつかない。


 

 これは、クイズの記載にない少年の家を自分たちの住むマンションとして、勝手に連想したカムイの思い込みが招いたものでもあったのだ。


 部屋とあるが。


 確かにそれの建築様式が一戸建てとも書かれてはいない。

 もちろん、集合団地のようなマンションであるとも記載はない。

 


 そこに安直に辿り着くのを防ぐために、警察隊が自然の流れでお出ましとなる殺人事件を出題にしていたのだ。


 これにより、隣の家に警察隊が。

 という間違いが推理の過程で起こらない設計にしてあった。



 もっとも可能性だけを問えば、それらはいくらでも浮上するが。



 仮に隣人が捜査の物々しさに気づいて外に出てくる。


 警察の説明を聞いた折、不審な挙動を見せる。


 そこに別件が発生していたとしても……あり得る話だが。

 それはそれで別件となり、少年宅も訪ねられる。




「君の通報はお隣の件だったのか?」




 警察がそれを問うことは必至だ。

 だがそうなると、少年が事件の関係者となり得るし、話が長くなる。



 だから、ここは通報本件の少年の家を訪ねて来るのが正着である。

 シェロがここまでアドバイスをすると。


 

 一転してカムイの表情は明るくなり、元気な声を取り戻した。



「おお、そうか! 警察はまず少年に事情を聴くよな。となると──」


「うん」


「そこで少年は空想の話を延々と語ったんだな」


「うん?」


「そして警察があまりのリアリティに騙されて捜査に踏み切ったんだな。よし、ぼく天才だね!」




 今度こそはと、カムイは自信満々に答え、もはや勝ち誇ったように自分を天才だと自賛した。



 シェロは薄っすらと笑みを浮かべながら、軽く首をかしげる。

 そして、カムイに向けて改めて首を横に振るのだ。




「な、なんでだよ!?」




 しかめっ面のカムイが語気を強め、シェロをにらみつける。



 事件がよそで起きていない。

 それを正したのはシェロじゃないか。



 それなら事件は少年の空想でしかない。



 そのように記されている。

 まさか、事件だけは本物なのか?

 そんな筋書きがどこから見出せるというのかと、カムイは憤慨した。


 シェロは気にせず、淡々とクイズのヒントを小出しにする。




「だって警察が少年から事情をくわしく聴いても、それは空想の話だよ?」


「だ、だから、とてつもないリアリティに警察も息を吞んだわけですよ!」


「リアリティに拍車がかかるのは否定しないよ。でも事は殺人事件だよ」




 仮に、空想の少年が途轍もない演技力や想像力を持ち合わせていたとする。


 その力説によって警察が捜査に踏み切るのであれば、少年の部屋には死体のひとつでも転がっていなければいけないのだ。



 また仮に、部屋に死体が転がっていたとするなら。



 少年が途轍もないリアリティで語る必要性があるだろうか。

 物的証拠がそこにあるのなら、その説明はなくても良いはずなのだ。


 死体について語らねばならない少年が、果たして空想の話を続けるのか。

 シェロはここでは、そう言いたいのだ。


 さらにシェロは問いかける。




「なぜ警察は駆けつけたんだっけ?」




 二度目のカムイの推理も間違いだと、きっぱりと伝えた。

 それなのに、その解答で食い下がろうとするカムイに対して。

 すかさずシェロが新たに疑問を投げかけた。



「通報があったからでしょ」 カムイはシェロが出した問いの内容文をなぞった。

 言って、視線が宙を仰ぐ。

 そしてシェロの目に視線を戻すと。



 カムイの表情に緊張が浮かんだ。



 本当にそれで合っているのか、少しばかり不安に駆られていたようだ。

 だが警察が駆けつけた理由は、それしかないはずだ。



 シェロが口を開いた。




「なんの?」




 返答するカムイをさらに追い討つように、シェロがもう一押し訊く。



 はあっ!? 


 なんの……って。

 シェロにそこまで聞き返されて、カムイの目が泳ぐ。

 戸惑いを隠せないでいる。



 どういうことだ!?


 そこまでさかのぼって間違えていたのかと、恐るおそる考えてみた。

 それはもう頭をかきむしるように。




 そして──。




「なんの通報をしたのかって言ってるの? そこからなの?」



 カムイの疑問符に対し、シェロはコクリと肯いた。



「さ、殺人事件の通報をしたから、警察がやって来たんでしょ……」



 シェロは静かに肯いた。



「え? もしかして通報した内容を考えろってことなの?」




 対してシェロは、あまり深く考え込まなくてもいいと言葉を加えるが、軽く首を縦に振る。



 そしてまたカムイに問いかけをする。


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