ぐるで、ぐるぐる

サカモト

ぐるで、ぐるぐる

「これがサインポールという名前だと知ったその日から、わたしの頭脳もまた、回り出したのです」

 おさげ髪の少女が町中で直立したまま、告げる。

 近くの中学校の学生服を着ていた。総じて、小型犬めいた顔立ちをしている。背中には、小柄な体格にはややふつりあいな、大きめの黒いリュックサックを背負っている。

 少女の視線の先には、理髪店がある。店先に設置された縦長の透明なケースの中で、赤、白、青が斜め入ったボーダー柄の円柱形が、くるくると、電気の力で回っていた。

 年季が入った看板だった。

 そして、その回転が、営業中を示している。

 少女は、じっと看板をみつめていた。やがて、おさげ髪を大きく揺らして振り返る。

「というわけだ、キヨちゃん」

 声をかけられたのは髪の短い少女だった。耳にかるく毛先がひっかかる程度のばしている。目は切れ長だった。

 そして、話かけてきたおさげ髪の少女と、同じような黒いリックサックを背負っている。同じ店で購入した感じが濃厚だった。

 ふたりは同じ中学校に通い、同じクラスの一年生だった。

 やがて、キヨと呼ばれた少女は、ため息を吐くようにいった。

「犯罪的説明不足だ、アス」

「でも、わかれよ」

「だまれ」と、アスは跳ね返す。「そもそも、あなたが、最初からだまっていれば、よかったのよ」

 すると、キヨは「キヨちゃん、キミには、人の情というものがないのか」といった。「もしも、まだ情があるなら、わたしのために消費してよ、じょー、キヨちゃん、じょー、を。じょーをさー、じょー、がないなら、どこから仕入れてよ、じょーを。ネット購入でもいいから、じょー」

「じょーじょー、うるさいな」うんざりの、手前ほどの様子でアスがいう。「せけんに、奇妙な発言をたれながしおって。だいたい、さっきの、サインポールがどうのこうのって話はなんなの。というか、あなたは、たいてい、いつも急だけどね。だんどりをおって、じっくり仕掛けられた過去がないのよ」

「わたしの批判はやめて。わたしの脆弱性をつくようなことは禁止だ」アスは顔を左右にふって伝えた。「わたしはつねに、とりあえずリリースされたばかりの、スマホアプリのように、ぜいじゃくせいがある生物なのだから」

「なんの説明なのよ、それ」

「では、スタート地点に戻ろう、キヨちゃん」

「いいけど、無限ループはいやよ」と、キヨが苦言を呈すも、聞き入れられたかどうかはあやしい。「で、なによ。わたし、早く家に帰って、ぼう、とするって用事があるの、無策の、無駄な時間をむさぼるの、人生の時間を」

「映画をつろうと思ってんだ」

「ほほう」

 キヨは細長い目を、より細めた。

「大きく出たはね、こんなローカルな町の放課後の路上で」

「あのさ、スマホって動画とれるじゃん」

「まるで、わたしがスマホの存在を全面的に知らない人の前提で言って来たわね」

「わあ、キヨちゃん、って、安定してそういうキムズカシイこというよね。もしかして、それって、現代社会の被害者なのかな」

「あんたの被害者よ、ただの」

「それはさておき、映画とスマホだ」

「はやく帰りたいんだけど」

 キヨは淡々とした口調で伝える。だが、アスはあわてない。

 その間も、理髪店のサインポールは一定の速度で回転している。ふたりが立っている歩道には、誰も通らない。車道に車も通らない。

 やがて、キヨは無表情のまま、大きく息を吸って吐き、それから、アスへ横顔を見せつつ口をひらく。

「あくまで、わたしの人生の時間を、あんたの無駄に消費されないため、この会話を高速で片付ける目的で聞くけど、どんな映画をつくるつもりなの」

「うん、やはり、キヨちゃんと友だちで、わたし、よかったよ」

「感動しないから、それ。苛立ち増量の効果効能しかない」

「で、サインポールがあるでしょ、あの、ぐるぐる、ずっと回ってるやつ」

 アスは指さす。そして、その指もぐるぐるまわした。

「ある日、あのサインポールから、おかしな音がきこえるようになるんだ、ぎゅわん、ぎゅわん、ぎゅわん、ってね」

「おう」

「そしたらあああ!」

「いきなり大きな声で出さないでよ、つかまるわよ。あんたなんか、きっと、一度、つかまったら、そこそこ出て来れないわよ。どこにつかまるのかは、わからないけど」

「そしたらだ! あの、サインポールが入ったあのケースにヒビが割れはじめる、びき、びきびきびきー、っつてね! びき、びきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびきびき!」

「ヒビばっか入れてないで、はやく粉々になれよ、ケース」

「で、ばりーん。破裂だ、ケースが、するとね、サインポールが倒れて、転がりはじめるの」

「どうして」

「え、あ、どうしてかしら、キヨちゃん?」

「質問に質問を返す攻撃か」と、キヨはいって、続けた。「ぎゃくに、答えてあげてもいいけど、さいご、あんた、泣くよ。こころに治りにくい傷ができるよ」

「で、サインポールが地面を転がりはじめ、次々に人々を襲うの。逃げても、追いかけてくる。近所のコンビニ、本屋、家の中まで」

「あんたの生活圏にしか襲いにこないのね」

「こうして、全人類の運命はサインポールと同じように回り始めるのであった」

「なぜ、全人類の運命とか欲張った物語にする。かりに、サインポールが転がり続けて、人類みんなやつけるまで、数兆年もかかるわよ」

「それに立ち向かう、理髪店の人たち」

「ああ、その業界の人たちが主役だったのね」

「ほくそ笑む、軍隊司令」

「だから、欲張って軍とかの要素を入れても、手に負えないだけだと思う」

「対応に追われる、サインポールの製造元メーカー」

「いまは、わたしがあんたの対応に追われてるぞ」

「全米が、ぜんべぇい泣いた」アスはそういって、キヨを見る。しかし、無反応をかくにんすると、さらに「ぜ、ぜんべいが、ぜ、ぜん…、ぜんぶぅ…、ぜんべぃ…、ぜんぶ泣いた…」と、言った。

 キヨはしばらく、無表情で見返して「そういうことか」と、いって、空を見上げた。

 放課後の空は、青い。

「あんた、さいしゅうてきに、そのダジャレが言いたかっただけなのね」

「うん、よくわかったね、キヨちゃん」

「まあね。いまじゃ、あんたのことは、だいたいわかる」

 キヨはそういって、目を閉じた。

「だからちょっと、泣ける」

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ぐるで、ぐるぐる サカモト @gen-kaku

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