第28話

「お土産……ちょっと待って、なんか出てきそう」


「それはなにより」


 だが、女性は言葉で伝えられるのはここまで。これ以上は自分の口からでは、彼女にできることはなにもないと感じた。ならば、自分はピアニスト。こうする。


 脳をフルに回転させて糸口をジェイドは探っていたが、ふとその脳に濃厚なカカオをかけられたような、甘く穏やかで、それでいて幻想的な旋律が入り込んでくる。ふと顔を上げると、女性がピアノを弾いていた。


「……なんだっけ、この曲。聴いたことある気がする」


 たしかロシア系だった気がする。ラフマニノフじゃなくて、スクリャービンじゃなくて。


「チャイコフスキーの『金平糖の踊り』。お菓子のこと考えてるみたいだから、なんとなくこの曲」


 と、気を利かせて女性はお菓子の曲を奏でてくれていた。なにか閃けばいいんだけど。そう願いを込めて。


「金平糖……?」


 三つ目の歯車が噛み合う。曲調ではなく、ジェイドが注目したのは、その曲名。そして、ハッとなにかに気づき、手を大きく叩いた。


「……! 金平糖! そうだ、金平糖はたしか、日本では……!」


 と、再度俯いて思考し、何度も頷く。


 それを横目で見て、女性は安堵した。金平糖でなにが気づいたのかわからないけど、とりあえずお役に立てたようだ。


「ありがとう! わかったかもしれない! それじゃ! 練習頑張って!」


 と、急いで舞台から降り、出入り口まで興奮した表情で階段を上る。が、忘れ物に気づき、また舞台下まで降りきて、大きな声で呼びかけた。


「私はジェイド! ジェイド・カスターニュ! そっちは!?」


 自己紹介をしていなかった。名前を呼び合うこともなかったので、そのまま会話が成立していたが、恩人の名前は覚えておきたい。


 イスから立ち上がり、女性も自己紹介した。


「ヴィジニー・ダルヴィー。出来上がったら一個もらえたりする? それでチャラね」


 どんなものになるのか気になる。なにやら私のおかげなところもあるみたいなので、そのくらいの権利はあるんじゃないかしら? と提案してみた。


 笑顔でジェイドは応じる。


「当然! あ、そうだ!」


 結局、またジェイドは舞台まで上がってきた。往復して、少し息が切れている。たまには卓球以外にも定期的に運動しよう、と決めた。そして、カバンから二つ、オランジェットとオレンジピールのショコラ入りの袋を渡す。

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