第14話
動かしていたレダの手がピタリと止まる。うーん、と考え込んだと思ったら、「もしかして」と会話を続けた。
「ベルギー出身?」
「? そうですけど、なんでわかるんですか?」
ベルギーはブリュッセル出身。たしかに標準フランス語とは少し違うが、指摘されたことはない。鋭く突かれたことで、ジェイドは少しドキっとする。なにが違うのだろうか。
やっぱり、と笑みを浮かべてレダは解説をする。
「言葉にね、ベルギー特有の訛りというか。抑揚だったり。まぁ気にしないで」
ベルギーで話されるフランス語には、南部ワロン地方の訛りが含まれている。大まかに言うと、標準フランス語との違いはアクセントの位置なのだが、ゲルマン的な『語頭』につきやすい。それをレダは一言交わしただけでベルギーと感じ取った。
吃驚したジェイドは、職人芸のような能力に苦笑するしかない。プロとはこういうものなのか、と。
「言われたことないですけど。調律師の耳は誤魔化せないってことですかね」
「どうだろうね。気づく人は気づくかな、程度だと思うよ」
すごいな、とジェイドは単純に感動した。こんな会話ができただけでも、ここに来てよかったとさえ感じている。世界は広い。
「今はどういう作業をしてるんですか?」
分解中のピアノに近づき、覗き込む。もう終わると言っていたが、取り外された木材と、その先端の卵のような形のモコモコした塊が見える。そういえば、ピアノはこれで弦を叩いているんだっけ、と朧げな記憶を引きずり出した。ピアノは習ったことはないが、それくらいの知識はある。
「これは『整音』ていう作業なんだけど、弦を叩くハンマー。これね、羊毛。これを整える作業なんだ」
レダはひとつ、ハンマーを手に取りジェイドに渡す。
見たことはあったが、初めて触れるハンマーにジェイドは不思議な感動を覚えた。もちろんヴィオラにハンマーはない。羊毛を軽く指で押すと、少し気持ちいい。緊張した時に握ると緩和されるかな、とイメージしてみた。
「固……くもなく、柔らかくもない。ふにふに。こんなになってるんだ」
知らない世界は面白い。弦を叩くために羊の毛を使おうという発想が、まずぶっ飛んでいる。こういう柔軟な想像力が自分にもあれば、ショコラに生かせるかもしれない。参考にできるものは、様々なところにある。
興味深そうジェイドがハンマーをいじっているのを見て、レダは少し満足する。ピアノの道に進むわけでなくても、ピアノそのものに興味を持ってくれるのは嬉しい。もしさらに「レダさんを見て、調律師を目指そうと思いました!」なんて言われたら最高。一生面倒を見てあげたい。そんな人間、今のところゼロだが。
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