恋のリターンエース

丸尾裕作

第1話 恋のリターンエース(完結)


俺、早瀬純は真里谷玲奈のことが好きだ。ただし、誰にも言うつもりはない。

玲奈の身長は154cm、さらさらロングヘアで清楚な感じであり、手足は長くて白く、モデルみたいにすらっとしていて、さらに、アスリートらしい健康的な肉付きをしているからとても美脚である。

俺は彼女がテニスをやる姿がとても好きだ。

彼女のことも好きだ。

上はピンクのシャツ、下は白のスカートのテニスウェアをおしゃれに着こなして、さながらテニス雑誌に出てくるモデルのようであり、颯爽としている。

その華やかな容姿を持つ玲奈が一生懸命テニスをやっているから意識しなくても目に入ってくる。

「6-0」

試合のコールが聞こえた。

コートのすぐ傍のベンチに座っていた俺は玲奈の方を見た。

ぼろ負けだったのは、また、玲奈である。

また、と思ったのはきっと俺だけではないと思う。

玲奈がテニス部に入ってから、勝ったところを見たことがないからだ。

残念ながら、テニスのやっている姿は美しくとも、実力はあまりないのだ。

「ありがとうございました」

試合に負けたのに、玲奈はニコニコしていた。

これが玲奈という女の子だ。

テニスに対するこの純粋な態度が崩れることがない。

一方で、勝った相手はウォーミングアップにもならないといった感じで不服そうだった。

「やっぱりレギュラーは強いね、玲奈ちゃんにはさすがにきついよね」

ギャラリーがひそひそとつぶやいていた。

玲奈は人気者で、ギャラリーもとても多い。

でも、ギャラリーは容姿の良い子が一生懸命テニスを頑張っているのが可愛いから見ているだけであって、彼女のテニスを見ている奴なんて誰一人いない。

でも、玲奈のテニスは今の自分にはない魅力があると俺は思う。

テニスも競技である以上、勝者がいて、そして敗者もいる。

俺なんて、一応レギュラーにはなったのに試合に負ければ、日頃の練習試合ですらも負ける。レギュラーになれるぐらい勝てても、上には上がいるから負けることの方が多い。

試合にも負けるし、勝負にも負ける。

自分は人生の負け組にいるように感じる。

スポーツの世界は残酷なモノだ。

そんなふうにテニス部をだらだらと過ごし続け、気がついたら、高校三年生の引退間近になってしまった。

俺は同じレギュラーメンバー相手に練習試合を行い、呆れるぐらい負けて、最後の大会だと言うのに幸先も見えないまま、大会前日の今日もむなしく終わろうとしている。

レギュラーと言っても、レギュラー内だと俺が一番弱く、希望がまったくない。

 だが、俺以上にテニスの試合で負けているはずなのに、彼女はなおテニスを楽しそうにやっている。そんな様子を何となく眺めていた。

あまり言いたくないが、玲奈がテニス部内で一番弱いという事実は部内で暗黙の了解として、知れ渡っている。

それでも玲奈のテニスには、部内で一番の魅力があるように俺は感じる。

「今日はフォアハンドが前よりコントロールができるようになった、がんばったぞ、私!」

両手で拳を作り、胸でぐっとガッツポーズをしていた。

玲奈のそのめげない姿を心底尊敬している。

コート脇に玲奈が向かうと、一人の男が近づいた。

「帰り、ファミレス一緒にいかない?」

俺と同じレギュラーの男子テニス部員だ、俺よりは強い。

うちは強豪校であるが、人数は少なく、男女合同でやっているので距離感も近い。

だから、こんな感じのプチナンパは腐るほど見る光景だ。

「ごめんなさい、練習頑張りたいので」

「そうか」

玲奈がとても深刻そうな顔で謝るので無理矢理誘うわけにもいかない。

「先輩、テニスの練習を…」

「ごめん、それは先約あるから、また今度ね」

「そうですか…」

少し寂しそうな様子で先輩は立ち去っていた。

今の断り方は社交辞令みたいなもので、基本的にはいつも玲奈は断られる。

ガチ勢にとっては練習にならないため、日頃でもそうだが、大会直前は特に、玲奈とテニスのするのを嫌がる人が多い。

ファミレスには誘われても、テニスには誘われない。

テニス部で男子から大切にされているのは可愛いからであり、マスコット的な存在として扱われている。一方で、女子から容姿が良いせいで、ひがまれており、女子同士でテニスをやる機会は少ない。

玲奈は今日もメンバーがいないので、少ししょんぼりしていた。

俺は見かねて、走り寄っていった。

「玲奈、相手してくれよ」

「純くん………。ごめんね、いつも誘ってもらって、今日だって、大会直前なのに」

「いいさ、そんなこと」

テニスは一人じゃあできない。二人以上でやるスポーツだ。

テニスをやる人間として当然のことをやっているだけである。

「早瀬純、真里谷玲奈、こっちきなさい!」

監督に呼ばれた。

よく分からないが、とにかく急いで向かった。

「本当ですか!」

驚いたのか、大きな声をあげる。

「あ、すいません、つい」

少し恥ずかしがって、手で口を覆う。

それでもうれしさを隠しきれず、そわそわしている。

そんな玲奈の嬉しそうな様子を見るとほっこりした気分になる。

レギュラーが病気だから、急遽最後の試合に出る、とのことである。

玲奈は補欠だったので、試合に出場することになったのだ。

玲奈の初試合である。

しかし、監督の顔の様子から、同じ負けなら、不戦敗より試合に出ることができない人が記念試合で負けた方が良いだろうというお情けが見え見えだった。

そんな監督からのお達しを受けて、早速俺たちはミックスダブルスの練習に向かった。

「純くんだけはいつもやってくれるね、ありがとね」

真っ白い歯を見えるぐらいの笑顔をこちらに見せつけてくる玲奈。

「テニスは一人じゃあできないからね」

ちょっと照れくさくて、そっぽを向いてしまう。

好きだから一緒にいたいという俺のわがままな心でしかない。

「じゃあ、練習お願いね」

「おう」

「よしっ! テニスの練習ちゃんとできる!」

ぴょんぴょん跳ねて、本当に嬉しそうにしていた。

軽いラリーから始めて、二人で軽く練習し合いをするメニューをすることにした。

本当はミックスダブルスをしたいが、もう二人相手する人がいないから仕方がない。

テニスで打ち合ってから、俺はふと思った。

やっぱり、玲奈はお世辞にも強いとは言えず、基本的なきれいなボールを打つから打ち込みやすいし、走りも速くないし、ミスも早いからラリーは続かない。

申し訳ないが、ガチ勢からするとレベルが合わなさすぎて、やりたくない相手であることは理解できる。けれども、俺は玲奈とテニスをしたい。

「よし、今日はバックハンドもよくできてる、できてる!」

エンジョイ勢でぼろ負けばかりなのに、楽しもうという姿勢を貫いている姿を見ていて、俺は放っておけない。下心からじゃなくて、テニスプレイヤーとして接しているつもりだ。

玲奈がテニス部に入ってからいつも練習相手が誰もいないのを見かねて、俺はつきあう。

強豪校でもあるので、強い相手と練習をしたいのもあり、みんなぴりぴりしている。

エンジョイ勢はご遠慮という勝つことが全てというぴりぴりとした雰囲気が暗黙の了解になっている中、俺みたいなテニスをただ楽しむだけの奴は物好きで珍しい。

勝つから楽しいんだという考えもあるんだろうが、単純に俺は勝つためだけにストイックにやることができない甘さがあるだけなのかもしれない。

しかし、おかげで俺が玲奈との時間を一人占めできるから奴らはもったいないことをしていると思う。

そして、テニスの練習時間は体感的には短く、すぐに夕方になり、練習の終わりの時間を迎えた。

「明日はよろしくね、パートナーとして」

「できることをやっていくよ」

「うん!」

キラキラと輝くこの笑顔を近くで見ることができるし、しかもテニスの上達に自分が役に立てるだけでもとても嬉しい。これだけテニスを一生懸命やっているから応援してやりたいという気持ちがあるだけで、下心がないわけでないが、同じテニスプレイヤーとして自分が最低限できることをやっているだけだ、そう自分の思いを再確認した。

俺と玲奈は明日の試合に向けて、どこにもよらず、別れを告げて、早めに帰宅した。

最後の試合だというのに恐ろしいほどにあっさり終わった。

スコアもまた0-6だった。

「仕方ないよね」

夕焼けがきれいに見える中、二人で帰り道を歩いている中、玲奈がぽつりと言った。

「やれることはやったさ」

「そうだよね、頑張ったよね、私たち」

試合をやれば、実力が上の相手とあたり、何もさせてもらえず負けることはよくあることだ。競技である以上、情けはなく、容赦はない。

自分のベストを尽くして、後は天にお任せという感じである。

「よくやれたと思うよ、俺たち」

「うん、私なりにもベストは尽くしたよ」

しんみりしているせいで、歩く足音だけが聞こえる。

ふと、玲奈が足を止める。

「あれ? なんで泣いてるんだろ?」

横を見ると、大粒の涙が玲奈の顔を覆っていた。

「練習、そんなにできていないのに! 悔しがる資格もないのに!」

俺はただ慰める言葉も見つからず、見守っていた。

「ごめんね、最後なのに」

目を三日月のように細めて、笑顔を見せるが、涙は止まらない。

無理に笑おうとしているから、心が痛む。

「テニスに一生懸命だった証拠じゃねぇか」

慰める言葉も思いつかないから、日頃思っていることを口にする。

「俺はすごいと思う」

本気でそう思っている。

玲奈は泣くのを少しやめて、顔をこちらに向ける。

「テニスをずっとひたむきに続けられる、それが一番大切だし、立派なことじゃん。それで、最後に勝てばいいじゃねぇか、報われるさ、最後はきっと」

競技の世界であるスポーツの世界ではどうしても敗者は存在する。

誰もがガチ勢とはなれないから、別にエンジョイ勢でもいいのではないかと思う。

そして少しずつ、強くなっていけば良いと思う。

そうすれば、ガチ勢だって凌駕することすることだっていいかもしれない。

「そういう正しいことをやっていく奴が勝つんだ、最後は、きっと!」

「純くん?」

玲奈の方を見れなくなってきて、少し目頭が熱くなってくる。

今、玲奈はつらいんだ、俺が受け止めてやらないと。

けれども、そんな俺の思いとは裏腹にある気持ちがわき上がっきた。

玲奈の最後の試合を勝たせてやりたかった。

腐ってもレギュラーでテニス経験者たる俺こそが、玲奈のカバーするべきだった。

そんな気持ちでいっぱいだった。

「俺だって弱い!」

「いや、私が!」

玲奈がわたわたとして、何か言おうとしているが俺は自分を抑えることができなかった。

「そんなことない! 負けたのは、玲奈のせいじゃない! 俺のせいなんだ!」

玲奈を怒っているわけでないのに、大きな声が出てしまう。

せっかく玲奈が頑張ってくれたのに俺のミスのせいで失ったポイントが走馬燈のように次々と浮かび上がってくる。まだ、人生もまだまだあるのに死にたくなってくるぐらい辛い気分になってくるが、俺は必死で涙をこらえる。

ミックスダブルスは男性が女性を狙うことは多く、女性もそれは承知している。パワー勝負で女性が男性の攻撃が耐えられない時なんて、ポイントを簡単に取れる。

男性が女性を狙う、ミックスダブルスならよくある戦略だ。

残念なことだが、今回の場合、玲奈を狙うという戦略は効果的なものだった。

男性の攻撃を耐える強い女性ももちろんいるが、玲奈は違う。

玲奈は何もできず、苦しそうにしていた。そこを俺が分かっていながら、玲奈のサポートをまったくできていなかった。俺が改めてなんでテニス部のレギュラーのくせに弱いかが、よく分かるほど自分の惨めさをさらけ出した試合だった。

自分がふがいなくて、玲奈が泣いているのに俺が泣きそうになっている。

本当に情けない。

「少しずつ強くなってくもんだ、何でも!」 

まるで、自分を慰めるように、俺はそう叫ぶ。

玲奈が泣くのをやめて、心配そうにこちらを見てるのが分かるけど、俺は泣くことだけはしない。口から出てくる言葉は玲奈にだけじゃなくて、自分に一番言いたいことでもある。

初試合だった玲奈を腐ってもテニスレギュラーの俺が玲奈を支える。パートナーなんだから、相手が辛いときは慰める、それぐらいはやらないと!

「玲奈がひたむきに頑張るのは才能なんだ、すごいんだ、偉いんだ! ミックスダブルスのパートナーの俺が横で見てたんだ! それは間違いない、俺が保証する!」

「そんなことないよ………」

「いや、今日は俺が悪かったんだ、玲奈のカバーがだめだったんだ! 俺の動きが悪かったんだ。だから………」

「だから?」

玲奈もまた泣きそうになっているが、俺だって泣きそうだ。

自分へのふがいなさと玲奈への申し訳なさでいっぱいだ。

次はこんなことはあっちゃいけない!

「俺と一緒に強くなっていこう! 二度とこんな悲しい気持ちにはさせない。俺が完璧なパートナーになって、玲奈をずっと支える!」

「それって、つまり………?」

玲奈は腕で涙を拭き、顔を見上げた。

「あの、え、えっと」

言わないつもりだったけど、つい勢いで言ってしまった。

慰めたかっただけなのに、しまったと思い、俺は焦っている。

「ありがと」

玲奈は、手で口元を覆って「ふふっ」と楽しげに笑った。

「別に隠さなくてもいいじゃん、知ってたよ」

「え?」

「いつも練習つきあってくれてたもん! なんとなくね」

「ばれてたのか………」

自分の気持ちを隠し切れてないでもろに態度にでる自分に恥ずかしさを感じた。

「今まで告白されたけど、ずきゅーんって来たよ、嬉しいな」

少し頬を赤らめて、恥ずかしそうに上目遣いでこちらをまっすぐに見つめてきた。

俺は告白をしてしまった自分への後悔があり、断られる流れかと思い、そわそわしていたが、よっぽど玲奈を見る方が今は恥ずかしい。

「これはあたし的に、サービスエースってとかかな」

玲奈は人差し指を唇に当てて、首をかしげつつ、楽しげにしている。

「それって、OKってこと?」

「ふふっ、じゃあね…」

唇に突然、とても甘い感触を覚える。

「これが私のリターンエースだよ」

「え、え、えっと」

いきなりキスをされたのだ。

驚いて、何のリアクションもできない

「~♪」

玲奈はいたずらっぽく、楽しそうに笑っている。

「これからは毎日、人生のミックスダブルスパートナーとしてよろしくね」

まるで満開のひまわりのような、今まで玲奈の見た笑顔の中で一番可愛いきらきらした笑顔を浮かべている。

俺は試合に負けたが、勝負には勝ったと感じた、人生初めての瞬間だった。

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