第5話 妹と美人姉妹の出会い

翌日


「ん……」


 目が覚めた。


 昨日の出来事のせいか、あまり眠れてない。


「ん?」


 右腕の方に柔らかい感覚が伝わってくる。


 なので、俺は目を開けて確認したら、


「お兄ちゃん……」


 胸がはだけた寝巻き姿の理恵が俺の腕にくっついたまま離れない。


 いつもは妹がベッドで、俺が床で眠ることになっているのだが、理恵が寂しい気持ちを感じた時はいつもと違う行動を見せることが多々ある。


 こうやって俺のそばにくっついて寝たり、一緒にお風呂に入ろうとねだってくる。


 高校生になってからの理恵の発育はだんだん良くなっていき、昨日の美人姉妹までは行かないまでも、とても立派なものを持つようになった。

 

 いくら肉親であるとはいえ、女性としての魅力を放つようになった理恵のこういう行動はちょっと困る。


 でも、理恵は俺の唯一の家族だから断ることもなかなかできないんだよな、


 と思っていると、理恵が「んにゃ」と言って、もっと俺に体をくっつけながら言う。


「家族……欲しい……お兄ちゃんと私に幸せをくれる家族が欲しい……」

「……」


 いつもの寝言だ。


 でも、俺はこの言葉を聞くたびに、心が痛くなる。


 普段は弱音なんか吐かずに、勉強熱心で探索者としての能力も上げるための努力を怠らない妹のことだ。


 花隈育成校の試験を一番優秀な成績で合格し、現在も勉強においても実習においても一位の座を譲ったことのない優秀な子だ。


 だが、その内側には親を亡くしたことへの寂しさ、悲しみ、やるせなさを未だに引きずっている弱さがあるのだ。


 そのことを知っているから俺は無念を感じてきた。


 こればかりは俺一人の力ではどうすることもできない。


「ごめんよ理恵。無能な兄で……」


 と、押し寄せてくる感情を必死に押し殺しながら俺は眠っている理恵をぎゅっと抱きしめてあげた。


 この重い現実を見ると、昨日の出来事がまるで幻の泡沫のように思えてくる、


 だから俺は妹を起こさないようにそっと立ち上がってスマホを手に取った。


 nowtubeアプリを立ち上げると、


「え?何これ?」


『(切り取り)伝説の拳様、ミノタウロスを倒す』

『さがくん、全てのSNSを非公開に!友梨ちゃんと奈々ちゃんへのクズっぷりが明らかに!』

『ずっとつよつよモンスターを狩ってきたデンコ様、CGと揶揄されブチギレるw』

『伝説の拳は複数の属性を持っている!?ダンジョン専門家が徹底解説!』

『元Aランク探索者が語る伝説の拳の強さ』


 昨日撮ったライブ映像を抜粋したものをサムネにした動画の数々が見えてくる。


 再生回数も全部100万超えだ。


 俺は気になる動画(元Aランク探索者が語る伝説の拳様の強さ)をクリックした。


 すると、百戦錬磨を思わせるハゲたおっさんが説明を始めた。


『えっと、今話題になっている伝説の拳様について説明していきます』


 筋肉ムキムキのハゲたおっさんは頭を光らせて意味ありげな表情で続ける。


『昨日、伝説の拳様があげたライブ映像を念入りに見ましたけど、これは規格外。ミスリルは最上位土属性スキルで、とても強力な雷属性スキルも使いましたね。それに……』


 と一旦切って、ハゲたおっさんは深呼吸をしたのち、目を大きく開けて大声で叫ぶ。


『ミノタウロスを倒した時の身体強化スキルには目を見張るものがありましたあああ!!力属性一つでAランクに漕ぎ着けた俺からしてみれば、伝説の拳様の身体強化は他の力属性持ちたちとは全然違う。力、瞬発力、破壊力……まるでによって作られたようなスキルですね……』 


 ハゲたおっさんは鼻息を荒げていきなりサイドチェストポーズを取り、鼻息を荒げた。


『間違いなくSSランクレベルの探索者ですな。いや、もし日本ダンジョン協会がSSSランクを設定したなら、伝説の拳様が真っ先に入るんでしょう。彼は少なくとも強力な属性を三つ以上持ってますよ』


 といって、彼は得意顔で言う。


『ハゲハゲプロテインを飲むと、あなたも筋肉の仲間入り確定……通販サイトはコメント欄で……』

 

 いや、最後はさりげなくプロテインの広告かよ。


 人生においてこれくらいのちゃっかりした感じは見習うべきかも。


 にしても


「SSランクか……現実を言うと、俺中卒だから能力者検査も受けられなくて、無能力者なんだけどな」


 そう。


 探索者のランクを決める能力者検査は高校入学の際に一斉に受けることになる。


 検査は日本ダンジョン協会から審査官が派遣され、中学校に在籍している人だけが受けられることになっているのだ。


 妹のランクはB。


 俺は中学校に進学してないから、能力を持っていたとしても検査自体を受けられないので、無能力者なのだ。


 そもそも中学校に登録だけにしといて、ほとんど学校に行ってない。


 勝手に卒業させられたようなものだ。


 まあ、


 後悔はない。


 理恵を育てるためなら安上がりだ。


 そんなことを考えながら、俺は自分のチャンネルをクリックした。


 俺は口をぽかんと開ける。


「チャンネル登録者数150万……」


 たった1日で150万になった。

 

 しかも、俺がこれまであげた動画の再生回数が爆発的に増え、コメントもいっぱい書かれた。


 きっと通知をオンにしたらエグいことになったんだろう。


 CGだの、やらせだのといった誹謗中傷しかなかったから心が折れかけて通知をオフにしたんだよな。


 と、俺が苦笑いを浮かべていると、妹が目を開けた。


「んにゃ……お兄ちゃんどこ?どこにいりゅの?」

「理恵、俺はここだよ」


 理恵は立っている俺を見ていると、上半身を起こしてにっこり笑う。


「お兄ちゃん、おはよう」

「あ、ああ……」


 俺は理恵から目を逸らしながら言った。


 そんな俺を不審に思う理恵が問う。


「お兄ちゃんどうした?」


 なので、俺は気になっているところを口にする。


「ブラが丸見えだぞ」

「あ、そうだね」

「いや、わかったなら隠せよ」

「えへへ、いいじゃん。お兄ちゃんの前だし」

「……」


 もうちょっと気をつけて欲しいものだ。


 まあ、妹のこういうところを散々見てきたから女の子への耐性がついて、美人姉妹を無事に助けた側面は大いにある。


「朝ごはん食べよう。牛乳しかないけど」

「は〜い。ひひひ」

「なんでそんな嬉しいんだ」

「別に〜」

 

 いつもと変わらぬ光景。


 昭和初期に建てられたのではないかと思わせる倒れる寸前の木造りのアパート。


 だけど、窓から差し込む陽光に照らされて光り輝く埃と妹の笑顔は絵画じみていて、何かが変わり始めていると俺に告げているようであった。


X X X


理恵side


「お兄ちゃん!今日も仕事頑張って!」

「理恵も学校頑張りな」


 朝ごはんを済ませて兄に挨拶してから学校へ向かう理恵。


 理恵はスマホを見ながらニコニコしている。


「ふふふん、ふふふふん〜こんなにいっぱい見てくれるなんて」

 

 今日の彼女はとても上機嫌である。

 

 理由はただ一つ。


 自分の兄が認められたから。


 どうしてこんなに嬉しんだろう。


 自分が首席で高校に入学した時より、自分が一年生の中で最も優秀だと先生に褒められた時より嬉しい。


 いつも、自分の兄は強いと先生たちに主張しても、中卒の兄を信じてくれなかった。


 だけど、


 今は……


「お兄ちゃんも……ちゃんと学校に通ってSSランクの探索者になってほしい……」


 と自分の希望を言ってしばし歩くと、名門探索者育成機関である花隈育成高校に着いた。


「……」

「見てみて、デンコの妹だよ」

「岡田さんのお兄さん、ミノタウロスを一撃で倒したんだよね……」


 通学中の生徒たちは理恵に不思議な視線を向けてくる。


 羨望の眼差しを向けてくるものもいれば、


「所詮、中卒だろ?馬鹿馬鹿しい。負け組のくせに調子乗ってるんだよな」

「それな!あ、中卒やろうの妹って俺たちの学校に通ってるんだって!理恵ちゃんっていう名前の」

「理恵ちゃんか!あの子、一年生の中で一番可愛いよな〜ナンパでもすっか。あ、いっひひ!理恵ちゃんおはよう〜」


 いかにもヤンキーっぽい男子三人が嘲笑いながら理恵の前を通り過ぎようとしている。


 三人は理恵の体をエロい目で舐め回すように見ている。


 通り過ぎた三人を見て、理恵は拳を強く握る。


 すると、理恵の拳に風が集まってきた。


「……なんて無礼な人たち。お兄ちゃんは先輩たちなんかと比べ物にならないほど強くて優しいのに」


 理恵は悔しそうにしているが、彼らに抗議することはできない。

 

 立場の違い。


 もし、自分が取り乱してしまったら、兄の努力が水の泡になってしまう。


 なので、理恵は手を開いた。


 そしたら拳に集まってきた風は無くなってしまう。


 陰鬱な表情をしている理恵。


 そんな彼女に女子二人がやってくる。


「岡田さん」

「理恵ちゃん……」

 

 亜麻色の髪をした二人の姉妹は青い目と赤い目を潤ませながら理恵を切なく見つめている。


 穴が開くほどに。


「っ!」


 理恵は驚いてしまった。


 綺麗すぎる二人が向けてくる視線。


 まるで自分の心の奥底にあるドス黒い何かを優しく包み込むような……


 このままだと、二人に飲み込まれてしまう。


 と、理恵の本能が叫んでいる。


 

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