第10話 先っぽ


 狐のおじさんはガタガタと震えながら私を旦那様のいるところへ案内した。

 そこは神社の一番奥にある蔵のような場所で、妙に薄暗く旦那様はここに毎日通っているらしい。

 いったいこんなところで何をしてるのか……


「いつまで続けるんだ、こんなこと……」


 中から旦那様の声が聞こえた。

 私はそっと扉を少し開けて、隙間から中を覗く。


 旦那様と、もう一人……神主の格好をした黒髪の男の人が中にいるみたい。

 男の人は私の位置からじゃ後ろ姿しか見えなかった。

 いったい何をしてるんだろう?

 旦那様の顔が少し赤い気がするのだけど……


「お前が言い出したことだろう、ぬらりひょん。約束は約束だ。ほら、いいから続けろ。爪を立てるんじゃないぞ……」

「わかってる……」


 二人は向かい合って座っている。

 何をしているのか、男の人の背中で見えないんだけど、旦那様は顔を真っ赤にしながら何かを触っているようように見えた。

 二人の間に、何かがあって二人とも前のめりで二人の間にある何かを両手で触っている。


「そうだ。優しく、丁寧にな。そう。そこだ、いいぞ」

「こ、こうか?」

「あっ! ダメだ、それ以上そこは触ったら……あ、ああぁ」 

「も、もういいだろう……やっぱりこれ以上は俺には無理だ……」


 え!?

 なになになになになに!?

 何をしてるの!?


「ダメだ! ほら、もう一度だ。ちゃんと先っぽの方まで丁寧にやるんだ」


 先っぽ!?

 先っぽ!?


「くそ……っ、なんでこんなこと……」

「お前が言い出したんだ。ちゃんと責任を持ってやるんだ」


 それと、なんかあの……

 なんか液体っぽい音もさっきから聞こえてる。

 ぐちゅぐちゅって……

 ぴちゃぴちゃって……

 私、なんかとんでもない現場を目撃してない!?


「あっ……ああ、だから、そこはもっと丁寧にやれって言ってるだろう……ああ、そうじゃない……! ああ!! そんなに激しくしたら壊れる……っ!」

「うるさいな!! これがいいんだろう!? 黙ってろ!!」

「なんだその言い方は!! お前のためにやってるんだぞ!?」

「うるせええ!! 人間のくせに俺に盾突く気か!? このクソ陰陽師!!」

「だれがクソ陰陽師だ!! このヘタレ妖怪め!! せっかく俺様が用意してやった女に逃げられやがって!!」


 急に二人が取っ組み合いの喧嘩を始めて、やっと二人の間にあったものが見えた。

 小さな桶と、その間に茶色い変な形の……泥団子……?

 いや、多分手足がついてるから……泥人形?



「なんだとっ!? 大体、お前が毎日こんなことさせるからだろうが!! 離縁されたらお前のせいだからな!?」

「なんで俺様のせいになるんだ!! 嫁の機嫌も取れないお前が悪いだろう!?」

「いいや、お前のせいだ!! お前が毎日毎日こんなことさせるから、夫婦の時間がなくなったんだ!! 返せ!! 俺の茜を返せ!!」

「はぁぁぁ!? お前が俺様との契約を破って、勝手に人里で百鬼夜行した罰だろうが!! 嫁のためにやったっていうから、この程度で許してやってるんだぞ!? 本当なら、お前今頃、浄化されて消えていてもおかしくないんだからな!!」



 何これ?

 え?

 何これ?


「————総大将!! 明晴めいせい様、やめてください!! 奥様が来てるんですよ!!」


 私が唖然としている間に、狐のおじさんが二人の喧嘩を止めに入った。

 明晴様と呼ばれた男の人と、旦那様が私の方を見る。


「あああああああ茜!? どうして、ここに!?」


 旦那様は慌てて掴んでいた明晴様の髪から手を離した。




 *




「————えーと、つまり、旦那様は毎日ここでそのゴミみたいな泥人形を作っていたと?」

「ゴミみたいなとかいうな。悪かったな、俺は不器用なんだ」


 話を要約すると、こうだ。

 明晴様というのは、旦那様と昔から縁のある陰陽師。

 二周目の人生で私を殺したあいつにやったあの魑魅魍魎たちによる行為は、本来なら陰陽師による処罰の対象になる行為だったらしい。

 しかも、白玉が私に渡したフクロウの目とつながるあのVRみたいな紙は、旦那様がこの陰陽師を騙して作らせたものだった。

 人里で行う百鬼夜行(しかも、人を殺している)は、無許可で行うと浄化されるほどの罪。

 人間で言うところの死罪。

 それが私の妊娠発覚後に、バレてしまった。


 でも新婚で、子供までできているということと、長年人間に妖怪による被害が出ないように管理してきたっていう功績もあって、代わりの罰として儀式に使う人形の作成を手伝うことになったのだとか。


「この人形、作るのは必ず夜じゃなきやいけないんだ。日の光が当たると効力がなくなる。いやぁ俺様もね、流石に奥さん妊娠してるし、奥さんには悪いことしたなーと思ってはいたんだけど……」


 明晴様は、旦那様にめちゃくちゃにされた髪を整えて、私の前にどさっと座った。


「まさか、何やってるか奥さんに内緒にしてるとは、知らなかったなぁ」

「し、仕方がないだろう!? こんな下手くそな人形を作ってるなんて、とても恥ずかしくて言えなかったんだ。茜は、その……すごく手先が器用だから……」


 旦那様は顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにしている。


 まったく……

 そんな事情があったなら、素直に話してくれればよかったのに……


「なんだ。私てっきり、旦那様がついに男に目覚めたのかと思っちゃいましたよ。不器用だからなんだって言うんですか。びっくりさせないでください」

「……男に目覚めたって、なんの話だ?」

「はは、奥さん。変な誤解しないでください。こいつに限って、男色とかありえませんから。まぁ、俺様は男でも女でも、人妻でも幼女でも、妖怪相手でもいける口ですけどね。こいつに飽きたら、俺様のところにいつでもどうぞ。お相手しますよ」

「おい! 俺の嫁になんてことを言うんだ!! クソ陰陽師!!」

「失礼な! 冗談に決まってるだろう! 俺様だって流石に、妊婦に手をだそうなんてそんな危ねぇことするわけないだろ!! ……ねぇ、奥さん。産後寂しくなったらいつでもどうぞ」

「————ってめぇぇぇ!! いい加減にしろ!! クソ陰陽師!!」

「クソをつけるな、ヘタレ妖怪!!」


 ああ、また喧嘩が始まった。


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